リーダーになったらこの本

 リーダーという役割は誰にでも訪れる時がある。経営者にとっては必要条件である。鎌田勝氏の本著をたどることにより、リーダーという資質がないと思われる人は参考にしていただき、あると思われる人は自己確認していただきたいと思います。


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑭お知恵拝借の「三現主義」のすすめ -現場はいつもアイデアの宝の山-

 

 もともと、改善提案制度は、サジェスチョン・システムを直訳したものだが、原語の本意を邦訳すれば、「お知恵拝借システム」とするのが本質をよくあらわしている。

 

 「提案せよ、さらば審査してつかわす」といわんばかりの、出せ、出すべきだとハッパをかける考え方と、「お」と「拝」の字にあらわれている、出していただく、あなたはたいへん知恵のあるお方ですと評価する姿勢とでは天地の差がある。とりわけ、出させるのでなく、こちらから出かけていって尋ねる方がずっとレベルは高い。

 

 ホンダの創立者本田宗一郎氏のモットーである「三現主義」こそ、改善提案に関するリーダーの心がまえとすべきではなかろうか。

 

 「三現主義」とは「現場(または現地)に出かけていって、現物を手にとって、現実を知る」という主義である。これに現場の人々からお知恵拝借となれば最高である。

 

 現場はアイデアの宝の山である。掘れば掘るほどアイデアの泉が湧き出てくる。

 

 オフィスの机の上で、頬杖をついて考えてもろくな知恵は出てこないが、現場に赴いて話をすると、どんどん知恵が出る。すぐれたリーダーはおしなべて現場主義者である。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑬岡目八目パトロールの効果は絶大 -「客観的」に見ることの重要性-

 

 碁の世界には岡目(または傍目)八目という面白いことばがある。碁を打っている対局者の横で観戦すると、双方の打つ手の巧拙がとてもよくわかり、八目ほども差のある見方、評価ができるというのである。当事者はどうしても、小さな所に目をつけて大局を見るのがむずかしくなるものらしい。

 

 この原理を改善・創造に適用したのが岡目八目パトロールである。一人または複数で、日常の職場を離れ、工場やオフィスを見て回ると、ふだん気がつかなかった欠点(改善点)がよく見えてくるので、そこを改善すると、とても効果があるというやり方である。

 

 リーダーは、つとめて岡目八目的な見方でパトロールしたいものである。

 

 だいたい客観的にものを見ると、何でもとてもよく見えてくる。その「客観的」ということばをヒネって「客の目で観る」ことと考えると、ますますよく見えてくる。お客の目は神の目というわけだから、よく見えるわけである。

 

 「観る」は「見る」よりレベルが高い。見るは表面的だが、観るは本質、中身まで見ぬくという意味になる。リーダーの目はかくありたい。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑫クイック・レスポンスで改善意欲向上 -評価のスピードアップで促進-

 

 提案を出したはよいが、審査に手間どって三ヵ月もたって忘れた頃にポッと答がくるというのではガッカリしてやる気を失う。だから、内容を審査して評価する前に、まず提案したという積極的な行為をほめて賞を出し、あとから内容について重ねて評価し、さらに、年間提案件数の多いものを表彰するというように二重三重にほめるようにするといい。

 

 ある会社では、オープン・ドアの社長室に行ってアイデアをのべると、それをテープに録音し、すぐに「ご苦労さん、とりあえずタバコ銭」と一件につき五百円玉の入った豆袋を渡しているところがある。まさにクイック・レスポンスである。紙に書いて持ってきたら、さらに加点、図面がついていたらもっと加点、テープをエンジニアが聞いて試行して、成果が出たら大きな褒美というように、何重にも褒賞すれば、みんな張り切ってたくさん出すようになる。形式にとらわれたり、そのために時間がかかりすぎたりするのは、逆効果と思うべきである。

 

 評価をスピードアップするほどアイデアはたくさん出ることを、リーダーはよく心すべきである。

 

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑪改善提案制度の改善が先決? -求める側の発想の転換が大切-

 

 スコットランドの造船所で生まれた改善提案制度は、アメリカを経由して日本に到来し、大いに発展して「カイゼン」という名で逆に世界に広まるまでになった。

 

 もともとは労務管理として生まれたもので、自分の仕事や職場への関心を高め、モラール(士気)の向上をめざす人間関係管理として導入されたものである。だから所管はたいてい総務人事部門になっている。

 

 ところが、出される提案は技術的なものが多く、事務部門では手におえないところから、技術専門家による委員会で審査されるようになる。エンジニアはHRは二の次で、技術面をきびしく審査するから、まるで特許庁みたいになる。これでは現場からは改善提案が出てこなくなってしまう。紙に書いて出せ、形式を踏んで書け、図面をつけよ、経済効果を数字で示せではたまらない。アイデアをたくさん出してもらうにはこのようなお役所的なやらせ方は逆効果になりかねない。

 

 改善提案制度そのものを改善すべきだといいたくなる。もっと簡素にし、テープに吹きこんでもよいから、とにかく、たくさん出せというのが先決であろう。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑩不良品は高い金をかけた実験資料 -闇から闇へは規律違反で厳罰-

 

 クレームに次いで大切な改善と創造のための情報は、現場での不良品である。

 

 不良品とは、何かの理由で規格に合わないものが作られることだが、その原因をつきとめ、改善することによって、製品の品質は一段と向上する。だから不良品は、金のかかっいる改善のための実験資料と考えるべきである。この貴重な資料をわからないように闇から闇へ流して抹殺するなんてとんでもないことである。

 

 これもリーダーの考え方や姿勢で決まってくることである。不良品が出るとリーダーが、担当者をきびしく叱責するというだけでは、みんなは叱られるのはいやだから、わからないようにかくそうとする。

 

 ある工場では、戦争中に資源が不足して困っていたところ、古い工員が工場裏の池をさらってみたらといい出した。池を干してみると、なんと不良品が底にいっぱい埋っていた。みんなでしめし合せて、夜な夜なひそかに不良品をほうりこんでいたのである。 

 

 今はそんなことはあるまいが、巧妙にかくすことは可能である。しかし、考え方を改めると、不良品は大きなプラスを生むことになる。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑨ユーザーのクレームは神の声 -粗末にすると罰が当る-

 

 「不への挑戦」に関連して、企業経営にとってアイデア開発のための最高の情報は、何といってもユーザーのクレーム(苦情)である。

 

 クレームというのはお客様が、製品やサービスを買い、そのテストをした結果をわざわざ電話や手紙で報告してくれたもので、こんな有難いものはない。

 

 実際には、こうして積極的にいってくれるのは百人か三百人に一人ぐらいのものと思ったほうがいい。九十九人、あるいは二百九十九人の人は、そう思っても、面倒くさいか、いうのはいやだから黙っているのだと考えるべきである。何もいわないで、こちらを見限り、別のライバルの方に行かれるのがいちばんこわいのである。

 

 お客様は神様だから、クレームはまさに神の声である。これを粗末にしたり、握り潰して闇から闇に葬るようでは罰が当って当然であろう。そんな会社はお客様に見放され没落してあたりまえである。

 

 こうしたクレームがリーダーのもとに届いたら、叱るのではなくよくいってくれたとほめるぐらいでちょうど良い。そしてともに改善に努力すれば必ず災は福に転じるのである。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑧とにかく、たくさんアイデアを出す -下手な鉄砲も数撃ちゃ当る-

 

 アイデア開発は、無数にある新しい組合せを試みてみることだといったが、このようにアイデアはたくさん出すほど良い。

 

 昔から「千三つ」ということばがある。これはアイデアを千出せば、その中に三つは必ず良いアイデアが含まれているという確率をのべたものとみなすこともできる。だから、良いアイデアを三十求めようと思ったら、万単位のアイデアを出せばよいということになる。これを俗に「下手な鉄砲も数撃ちゃ当る」などという。

 

 はじめから、良いアイデアばかり出せというのは欲の深いやり方で、かえって効果が出ない。それよりも、リーダーは、良い悪いの選別はあとにして、とにかく、面白いアイデア、へんなアイデア、突飛なアイデアをたくさん出してほしいと奨励することである。そうすると、その中から、すてきなアイデアが忽然と出現してくるものである。

 

 たくさんあるアイデアの捻出法は、プレーンストーミング法を筆頭にして、このように、とにかくたくさん出してみるのが何よりの良い方法だと教えてくれている。アイデア教育の第一はたくさんアイデアを出す方法の訓練である。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑦チェックリストでのチェックは能率的 -アイデア開発のルール化・習慣化-

 

 みんなでアイデアを出し合う時に便利なのは、あらかじめ作っておいたチェックリストに照らして、一つ一つチェックしてみることである。

 

 チェックリストというのは、さきにのべた反転法をリスト化したようなもので、A・オスボーンの作ったチェックリストが有名である。これは、大きくしたら、小さくしたら、裏返しにしたら、反対にしたら、長くしたら、短くしたら、軽くしたら、重くしたらというように、考えられるいろいろな変化のあり方を一覧表にしたものである。

 

 自分たちで考えたチェックリストがいちばん役に立つ。リーダーは、このチェックリストを手にして、仕事や職場に関係したものを、一つ一つ丹念にチェックし、変えていってみるといい。すると、続々とアイデアが出てくるものである。

 

 このチェックリスト法は、アイデア創出のルール化・習慣化の一つの形態である。不の字のつくものの一覧表でもいい。

 

 リーダーはこれを印刷したり、壁に貼り出したりして、何かあるごとに照合するくせをメンバーにつけさせるとすこぶる能率的である。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑥「不」への挑戦で大きく前進 -反転法でアイデアは続出-

 

 疑問をもつというキメ手の一つに「不」の字のつくものを探すという方法がある。それを私は「不への挑戦」と名づけてみた。

 

 良いアイデアを出そうとしても、なかなか出てこないが、不の字のつくものなら、いくらでも出てくる。不平、不満、不良、不快、不明、不審、不順、不法、不安、不公平、不均衡、不足、不健康、不揃い等々、きりがないほど出てくる。これらを一つ一つ吟味してひっくり返してみると、みんなアイデアに結びついていく。これを「反転法」という。つまり「不」のつくものは、すべてアイデアの素材、原石となるのである。

 

 近頃の若い者は文句ばかりいうとハラを立てないで、よく不平不満をいってくれたとむしろ歓迎し、いっしょになって反転していけば、現状を改善するアイデアは面白いように出てくるものである。

 

 はじめからキラキラ輝いている宝石や金があるわけはない。あればとっくに誰かが取ってしまっている。アイデアの原石、原鉱は不の字のついた汚れや不純物とともに存在しているのである。それを見つけ出し、精錬、研磨すれば宝石、貴金属となるのである。

 


 

第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

⑤粘りと執念の組合せの努力 -まだ知られていないものは無限にある-

 

 創造性の第二原理は「既知の要素の組合せ」だが、これがきわめて多いから、根気と執念が不可欠である。

 

 いろはやアルファベットや音符の組合せで無限に小説や音楽ができるように、組合せは無数にあり、したがってわれわれがまだ気がつかない新しい組合せは数限りなくある。だからコツコツといろいろ組み合せてみる努力が大切なのである。

 

 発明王エジソンは、白熱電灯一つを開発するのに、大学ノート二百冊、四万ページのメモをとり、あらゆる材料をフィラメントにして実験をした結果、遂に孟宗竹の繊維で成功した。エジソンは発明の極意は「一パーセントのインスピレーション(霊感)と九九パーセントのパースピレーション(発汗=努力)」だといっている。天才とはケタ外れの努力と執念の人のことである。

 

 リーダーはメンバーとともに、このエンジンの教訓を心にとめて、いろんな組合せを考えてみることである。消しゴムと鉛筆を組み合せたアイデアだけで、億万長者になった貧乏絵描きがいたのだから・・・。

                 

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

④なぜと問う心・・・固定観念の打破 -習慣・前例・タブーを勇敢に破る-

 

 疑問を持つ、なぜと問うことは、固定観念・既成概念、先入観、前例、習慣、禁忌(タブー)、型、カラ、ワクといったことを勇気をもって打ち破ることである。

 

 人間は誰しも知らず知らずのうちに、たくさんの固定観念を抱き、それにとらわれて発想が自由に出なくなっている。そこで、何かうまくいかないことがあったら、なぜと疑問を持ち、現状を打破する上で邪魔になっている考えを一つ一つ吟味し、それをこわしてみることである。だから創造性開発のことを「概念くずし」ともいうのである。

 

 たとえば、人が足らない、集まらないというのはなぜかと考えてみる。一つには景気が良いからだが、この景気がいつまで続くかを考えてみれば、あわてて人を探すより、今いる人の能力を倍増する方がずっと堅実であることがわかってくる。また、六十歳以上の老人は二○○○万人もいるのだから、その活用を考えてみる。人がこないのは、会社に魅力がないか、仕事がきついのかであろう。ではどうしたら魅力をつけられるか等々、考えていけばアイデアはどんどん出てくるはずである。

 

 タブーに挑戦する勇気はぜひとも必要である。習慣・前例は否定してみることだ。                 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

③創造性の基本原理への認識を深めよ -勇気と根気が天才をつくる-

 

 リーダーは創造性の開発にあたって、GEのスティーブンソン博士らが発見し、ヴァン・ファンジェらによって普及された創造性の基本原理について教育し、徹底する必要がある。その要点を箇条書にすれば次のようになる。

 

・すべての人が創造性を生まれながらにして持っている(創造性は知恵・英智である)

・この創造性は自覚され、教育されることにより大きく伸長する(少なくとも三倍)

・創造性の原理は次の二つに要約できる

 ①疑問をもつこと(なぜと問うこと) ②既知の要素を組み合わせてみること

・この二大原理は万人共有のものであるから、教育によりいくらでも伸ばすことができる

・ただし、疑問をもつことは、現体制批判となりやすく、時の権力者により危険視され、

 抑圧されるおそれがある。だから勇気を必要とする

・組合せの数は無限といってもいいほど多くあるから、有効な組合せの発見には途方もな

 い根気を必要とする

・この二つを実践すれば、誰でも天才に限りなく近づくことができる                 

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

②不断の改善・改良が経営を発展させる -企業は解決すべき問題の結合体-

 

 アメリカの経営コンサルタントのアクドノウが「企業は解決すべき問題の結合体である」という名言を吐いたことがある。考えてみると経営活動とは日常不断に前進発展することなのだから、その反面はそれにつれて次から次へと新しい問題を生み出していることになる。人不足になったり、人があまってその整理に苦労したりするのは一例で、これらの問題をそのつど解決することが、企業の前進・発展の原動力となっているのである。

 

 ちなみに、改善とは悪いところを改めることで、改良はいま良いものを、もっと良くすることである。創造はその一歩先をいき、まったく新しいものを工夫することである。

 

 しかし、今日では、カイゼンと国際語にまでなった日本の企業の改善活動は、その改善に改良も創造も、すべてを含んだことばとして活用されているようである。

 

 要するに旧態依然、マンネリ化して、同じことを繰り返しているようでは、それは現状を維持しているのではなく、激変する現代においては、下降、腐敗、没落、衰亡と同義語であるということをリーダーは肝に銘ずる必要がある。そしてリーダーは改善・創造の牽引車になってほしいのである。

 


第五章 創造性を高めるリーダーシップ

 

 

①創造性の開発がリーダーの主要任務に -創造性の本質を正しくとらえて-

 

 すでに何度も言及してきたように、これからの企業経営のリーダーの主要任務は創造性の開発による新製品の創出、新サービスの考案、新市場の開拓になる。対米貿易の計画的縮小(反面は大規模な企業の進出・現地化)に見られるように、集中豪雨型の輸出の時代は終わり、国際分業型の輸出入均衡による双方の繁栄が主軸になりつつある。

 

 そうなると、日本はますます高付加価値の新製品創造が中心とならざるをえない。これまでの改善工夫はコストダウンによる競争力強化が中心であった。もちろんこれからも、この努力は怠ってはならないのだが、NIESやASEANなどの国々と競合する製品については、その生産を途上国に譲り、日本はどこにもまだない新しいものを生み出す方に力を注がねばならない。それが先進国のあるべき姿であろう。

 

 古いタイプのリーダーは、いまだに外国モデルの模倣・洗練に力を注ぐ傾向が強いが、これからはその階段を超えて、創造の段階に進むことが内外から切望されているのである。

 

 そこで、この章ではリーダーのための創造性の開発の本質についての究明と、その展開について述べることにしたい。

 

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

㉕ことばは70%伝わったら最高 -伝達の病理を知りぬいての伝達-

 

 組織とコミュニケーションは切っても切れない関係にあるが、では話し合えば、すべて意思が通じるかといえば、そうとも限らない。というのは人間のことばが不完全なために十分に伝わらないのである。これを「伝達の病理」というが、リーダーはこの病理をよく知った上で、コミュニケーションの指導をすることである。

 

 人間はテープレコーダーではないから、他人の話を、自分の理解力に応じて聞くものである。したがって100%伝わることはまずありえず、70%伝わったら御の字というほどである。したがってAからBへ、BからCへと伝わっていくうちに情報は30%ずつ減っていくと思わねばならない。ベストの状態で、三人目になると50%になる。五人目になると25%になってしまう。減るだけならまだ良いが、違うもの、余分なものがひっついて、はじめのものとは似ても似つかぬものとなる場合もある。

 

 だからリーダーはこの伝達の病理をよく知りぬいて、大切なことは何度も繰り返して強調したり、末端にどのくらい正しく伝わったのかを自らチェックする努力を怠ってはならない。繰り返し強調することによって伝達度はきわめて良くなっていくものである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

㉔戦略合宿研修のめざましい効果 -敵を知り、己を知れば百戦危うからず-

 

 組織活性化の本命として推奨したいのは、戦略合宿研修である。

 

 戦略というとものものしいが、簡単にいえば孫子の兵法の合宿による研究討議である。有名な孫子のことば「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」の実践である。

 

 一泊二日か二泊三日でリーダー・クラスが集まり、次のテーマで討議する。

 

 ①ユーザー(顧客)のニーズはどう変化してきたか(どう変化すると思うか)

 ②ライバルは右の変化にどう対応してきたか(どう対応しようとしているか)

 ③われわれの対応はどうであったか(これから何をなすべきか)

 

 このライバルという場合、同業他社だけでなく、異業種からの参入をも検討する。

 

 やってみればよくわかることだが、いかにユーザーをよく知っていないか、ライバルを把握していないかがお互いに認識することになり、愕然とする。

 

 だから、一生懸命主観的にやってきてもうまくいかないはずだと反省させられるのである。ユーザーとライバルと自分の実力を知りつくして、計画を立て、戦略的に進んでいけば、これからは自信をもってうまくいくようになると勇気が湧いてくるはずである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

㉓プロジェクト・チームの外人部隊型指導者 -一癖も二癖もあるメンバーのリード-

 

 小集団活動の特殊形態として、プロジェクト・チームがある。プロジェクトとは新規事業という意味で、その開発のチームである。

 

 普通の小集団活動とは違ってプロジェクト・チームは臨時的なもので、目的を達成したら解散するか、そのまま新事業のスタッフになる。プロジェクト・チームを編成する時には、各部門から選りぬきの社員が送りこまれる。それだけに個性も強く、一癖も二癖もある連中ばかりで、これをまとめるリーダーはよほどのリーダーシップが要求される。

 

 このプロジェクト・チームのリーダーには俗に外人部隊出身型のリーダーが良いといわれる。これは、いくつもの企業や組織を転々としてきた苦労人のことを指す。

 

 一つの組織でエリートとして、ぐんぐん出世してきた生えぬきのリーダーと違い、苦労してきているだけに聞き上手であり、自分の考えに強引にまとめようとすることがなく、たくさんの意見を十分に出させた上で、それを止揚統合してまとめようとする。だからうまくいく率が高いといわれるのである。幅広く、たくさんの組織や人と接してきているだけに、固定観念が少なく、まとめ役にうってつけとされるのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

㉒分社のトップリーダーの意識変革 -社員は高給に、人件費は縮小へ-

 

 分社社長に、正真正銘のトップリーダーになって、どこが変わったのかを聞いてみたことがある。従来のグループ制時代に比べ、仕事はほとんど変わらず、待遇もそう変わらないが、意識は大いに変わったという。

 

 分社は完全独立採算制だから、利益を出さないとボーナスも出せない。今までは、自分達のグループが利益が出せなくても、他の部門が良くて、全体として良ければいいじゃないかと考えていたという。いわゆるサラリーマン意識、使われる立場での考え方である。

 

 ところが分社の社長になってみると、赤字は絶対に出せない、よくやってくれる社員にはもっとボーナスも出してやりたいし、給料も上げてやりたい。しかし、人件費全体はむしろ縮小したいと考えるようになったという。これは大変な意識変革である。

 

 また、収入源はお客様しかないのだから、これまでの何倍もユーザーのもとに足を運び、その要望に応え、スピーディな決定と心をこめたサービスで注文をより多くもらい、収益を上げるようになったとのこと。親方日の丸の公営企業とは雲泥の差である。やはり自主管理と競争が組織活性化のキメ手なのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

㉑分社の求心力は理念中心のミーティング -大きな仕事は数社の共同で-

 

 分社化はいわば組織の遠心力の強化である。自主独立して、どんどん自由にやれば、分散化が進み、空中分散してしまうのではないかという心配も生まれてくる。その危険をなくし、グループ全体の総合力を強化するためには、逆に求心力も強めなくてはならない。

 

 独立法人としての分社のトップリーダーである社長たちを統合するのは、社長会であり、ブロック会議である。

 

 ブロック会議は地域・地方、または専門の別によってくくられる会議である。ここでリーダーとしての社長たちが大いに話し合う。困ったこと、わからないことがあればこの会議にもち出し、みんなに相談をもちかける。しかし、誰も指示命令はしないから、みんなのアドバイスを受け入れて決断をする。このブロック会議はホンネでやりあい、突っ込んだ批判もする。だがグループ全体の共同の経営理念でますます心は一つになる。

 

 この経営理念と同志愛が強力な求心力となるのである。こうして求心力と遠心力が絶妙のバランスをとりつつ、グループ全体が着実に大きくなるのである。

 

 分社一社で負いかねる大きな仕事も、いくつかの分社が協力して遂行することになる。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑳小集団活動の極致は分社経営 -独立法人化で潜在能力三倍増-

 

 小集団活動がさらに高度化・高次元化すると、前に述べたような分社経営に発展する。小集団のリーダーは社長になり、サブリーダーは重役(取締役)になる。それもホンモノの法人化だから、リーダーは飛躍的に勉強しなければならない。

 

 社長は文字通り最高のリーダーになり、誰からも指示命令は受けない。すべて自分で判断・決断しなくてはならないから、大変な責任を負うことになる。重責を担う役目だから重役と呼ばれるのである。中には分社の社長になり責任感から白髪が増えたという人も珍しくない。最高のリーダーとなると、最終的な判断・決断をしなくてはならない。決断こそトップのリーダーシップといえよう。

 

 社長が一心不乱に働くから、社員も一生懸命働く。その結果、一、二年で売上は二倍から三倍に増大し、当然それにつれて利益も倍増することになる。

 

 グループ全体ではきわめて大きな収益となる。自主性を向上させると、潜在能力がどんどん発揮され、アイデアも続出し、チームワークもますます強化されるから、相乗効果は抜群となる。人を活かすには分社経営が最適のシステムではなかろうか。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑲支援者の支援は高次元のマネジメント -示唆・教育・下地作り・激励-

 

 小集団活動はすぐれて自主性の高い活動であるから、それを支援する中間リーダーの支援活動も、より次元の高いリーダーシップが求められる。

 

 この場合、「小集団の方で困ったら相談に乗ってやればいい」といった受身の考え方で支援活動をやられたらとんでもない。経営上、どうしてもやってもらう必要がある大切な活動なのだから、積極的に推進してもらわなければならない。ただし、指示・命令では逆効果になるから、それ以外のあらゆるリーダーシップを発揮するのである。

 

 具体的には、まず教育・訓練・次いで示唆・ヒント・助言、根まわし、下地作り、激励、評価、賞賛といった、あらゆる手段を用いてバックアップするのである。

 

 指示、命令のほうがずっとラクである。小集団活動の支援者になると、かえって中間リーダーは忙しくならなければおかしい。あの手この手の高次元リーダーシップを発揮して自主性・自発性を盛り上げていくのだから、大へん忙しいのである。気配りの次元を高めないとうまくいかないので、ますます勉強しなければならない。そして本人も高次元リーダーに育っていくのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑱サーカスに学ぶ一人多役のプロ小集団 -能率向上の古典的モデル-

 

 産業能率大学の創立者で、日本への科学的管理法導入のパイオニアであった上野陽一氏は、サーカスの運営を高く評価し、これこそ能率向上のモデルであると『能率三百六十五日』という著書で述べている。

 

 サーカスはリーダーである団長のリードのもとに一糸乱れず、絢爛たるショーを展開する。スピード感が生命だから、次から次へとめまぐるしいほどいろんな曲芸が披露される。ずいぶんたくさんの人でやっているのかと思うと、実はきわめて少ない人数で一人五役六役も受け持ち、洗練されたチームプレーでどんどんショーを展開しているのである。

 

 切符のモギリをいていたかと思うとさっとスターに早変り、終わると衣裳を脱いで道具係、動物係になって他のスターの演技を助ける。移動の時は車の運転、目的地についたら天幕張り、ジンタを鳴らしてのビラ配りと、一人でいくつもの役をかわるがわる受け持って大活躍をしている。

 

 上野氏はこれを知ってとても感心し、これこそ能率向上の古典的モデルと称賛されたのである。いま日本で盛んになっている小集団活動のモデルとしても大いに参考になる。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑰小集団リーダーはひたすら説得 -仕事のよろこび、向上が原動力-

 

 小集団リーダーは職制ではなく(職制が一時的に、スタート時になることはある)、多くは互選によるリーダーだから、同僚のメンバーに対して指示命令はできない。もっぱら説得により納得協力してもらうというリーダーシップを発揮してもらうことになる。

 

 「人に協力してもらおうと思ったなら、協力したらどんな良いことがあるかを教えなさい」とアメリカのマネジメントの教科書に書いてある。

 

 小集団リーダーに協力したら、メンバーにはどんな良いことがあるだろうか。それはお金でもなく、物を貰えることでもなく、出世を約束してもらえることでもない。

 

 そこで得られるものは仕事のよろこび、向上の楽しみ、新しいものを生み出すやりがいといった、もっぱら精神的なものである。そしてこれらのプレゼントは、どんな店でも売っていないし、金を出して買えるものでもない。これはやってみたものでなければわからない。

 

 みんなで知恵を出し合い、目標達成のための計画を仕上げていく喜びは、職場生活で得られる最高のものである。その醍醐味を知るとやらずにいられなくなるのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑯品質向上、安全から新製品開発へ -新しいサービスは黄金律の実践-

 

 小集団活動は、はじめQCサークル活動(品質向上運動)としてスタートした。後進国だった日本は、外国製品を模倣し洗練することによって逆輸出し、経済力を高めてきた。

 

 その洗練の階段でQCとCD、つまり品質向上とコストダウン、良いものを安く作ることで競争力をつけたのである。しかし、経済の先進国となった日本は、もはや模倣や洗練ではなく、もっと進んだ創造の段階に入ってきている。このため、品質向上や安全が中心であった小集団活動もレベルアップして、新製品の開発、新しいサービスの創造へと活動の内容が変わってきた。

 

 サービスの原則は今も昔も変わらぬ「黄金律」(ゴールデン・ルール)である。黄金律とは「汝のせられんと欲することを人に施せ」、すなわち、自分がしてほしいことを他人にしてあげなさいということである。自分がお客になった場合、こんなキメの細かい高度なサービスをしてほしかったと思ったことがあるのなら、お客様にそのようなサービスをしてあげなさいという原理である。小集団リーダーや支援者の中間リーダーは、この需要の変化をよく理解して、小集団活動を進めることが期待されている。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑮小集団活動はUターン・マネジメント -中間リーダーが成否の鍵を握る-

 

 QCサークル、ZDグループ、JK(自主管理活動)などは、総称して「小集団活動」と呼ばれている。正確には小集団による自主管理活動である。従来の管理が他主、すなわち上司の指示命令が中心であるのに対して、小集団活動ではリーダーを中心に、自分たちで目標を決め、計画を立て、実行していくので自主管理という。

 

 ただ労組やスポーツのサークルがまったく任意に自主的に結成されるのに対して、小集団活動の場合には、会社の方針でスタートし、会社の行事として発表会などが催されるという意味で、完全な自主、ボトムアップ・マネジメントではない。トップが方針として出し、中間リーダーがそれを受けて部下を説得・教育し、部下が納得して活動を開始し、成果を発表して会社に貢献するのだから、トップダウンとボトムアップの二つの側面を持つUターン・マネジメントというのが適切ではなかろうかと思う。

 

 そこでこの活動の成否を握るのは、中間リーダー、すなわち支援者と呼ばれる課長・係長・班長クラスの適切なリーダーシップ、とりわけ説得力、激励、バックアップなどの支援であるといえる。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑭面白いということばの持つ深い意味 -良い・正しいより、好き・楽しい-

 

 リーダーはメンバーがさりげなくつぶやくことばに注意をし、その片言隻句からメンバーの心を読み取れるようになったら大したものである。

 

 ホンネはしばしばつぶやき、ぼやき、捨てゼリフの中にあるものである。

 

 言語心理学者は、人間はことばで二種類に分けることができるといっている。

 

 エリート(選良)、権限権力を持っている人、支配者が好んで使うことばに「正しい、良い、当然、……すべきである」等がある。これに対し、凡人、庶民は「面白い、好き、楽しい、……したい」とよくいう。そして前者はタテマエで、後者がホンネだと解釈する。まことに味わうべきとらえ方である。

 

 たとえば、QCサークルなどの小集団活動に対して、エリートであるリーダーは「この活動はとても重要で、正しいことであるから当然やるべきである」といっているのに、メンバーが「そうはいっても、面白くないし、楽しくないから嫌いだ、やりたくない」というようだと、よほどよく考え直す必要がある。「面白い」というきわめて日本的なことばにある深い意味を、リーダーはエリートであるほどよく味わって考えてほしいのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑬ローソクや囲炉裏の火の不思議な魅力 -昔に返って人間性を取り戻す-

 

 合宿などで話し合う時の一つの方法として、電気を消して、皿の上に立てたローソクの火を囲んで話すキャンドル・ミーティングという方法がある。

 

 人間は太古の昔に火を吸うことを覚え、これが人間を他の動物と差をつける大きな要素になったといわれる。このため、火は人間にとってきわめて大切で、炎を見つめながら話し合うと、心が素直になり、原始にかえってホンネで語り合えるようになるらしい。

 

 高級レストランが申し合わせたように部屋を暗くし、ローソクをつけてムードを出しているのはこのためである。リーダーは、たまにはこのような原始の心にかえるために、ローソクや暖炉や囲炉裏や焚火を囲んで話し合う機会を作るといい。とても良い思い出になるし、親しみも一段と増すものである。

 

 また「頭寒足熱」で、こたつにあたりながら話し合うのも、とても良いものである。この頃流行りの居酒屋で、掘りごたつ式の席が若い人たちのグループにとても喜ばれているというのも、理にかなっている。風呂やサウナで文字通り裸になって話し合うのもいいものだが、人間はやはり暖かさを基本的に求めているのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑫丸くなって話すことのすてきな効果 -親しみは距離の二乗に反比例する-

 

 話し合う時には、なるべくお互いの距離が短くなるほうがいい。

 

 ニュートン力学の法則の一つに「引力は距離の二乗に反比例する」というのがある。これを話合いに応用すれば「親しみは距離の二乗に反比例する」ということになる。だから、大きなテーブルより、小さなテーブルを囲んで話し合うほうがずっと話ははずむことになる。

 

 さらに四角いテーブルより丸いテーブルの方が良い。丸くなると死角がなくなり、お互いにみんなの顔がよく見えるようになるからである。もっといいのは、日本間の畳の上で、机などは置かずに、車座になって話し合うことである。話が面白くなってくると、みんな身を乗り出してくるから〝鳩首協議〟というように、頭を寄せあって話すようになる。そうなると距離はますます短くなって、親近感はさらに強くなる。

 

 社会の中には、黒板や白板を平らにして脚をつけたテーブルを作り、それを囲んで、自由に字や図を描きながら話をして、良いアイデアをたくさん出しているところもある。

 

 肌のふれあい、スキンシップが人間にとって大切なことをリーダーはよく知ることだ。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑪愚論・馬鹿話の中にアイデアのヒント -大発明・大発見の源になる話-

 

 愚論・馬鹿話といわれる常識外れの、ケッタイな発言の中には、しばしばすばらしいアイデアのヒントが含まれている。

 

 世間一般の常識からあまりにもかけ離れているために、「阿呆じゃなかろうか」と思われるような話の中に、大発明・大発見の手がかりがあったという例は歴史上しばしば見られるものである。

 

 リンゴが落ちるのを見て万有引力のヒントを得たニュートンが、なぜリンゴが落ちるんだろうといえば、はじめは頭がおかしいんじゃないかと思われたであろう。

 

 毎日見慣れて、不思議ともおかしいともまったく思わない現象の中に、世の中をひっくり返すようなヒントがあるとしたら、馬鹿話や愚論を無視することはできなくなるだろう。

 

 リーダーは、改善のアイデアをたくさん求めようと思うならば、このような突飛な、ケタ外れの意見が出るように工夫するといい。新任の部長が話の冒頭に「愚論ですが・・・・・」というクセがあり、それが広まってみんなが「愚論ですが・・・・・」といい始め、アイデアが続出したという会社もある。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑩冗談まじりの話に真実が含まれている -ユーモアこそ人間味のエッセンス-

 

 冗談には真実が含まれている。昭和二十年代のはじめの頃、NHKで「冗談音楽」という三木鶏郎中心の番組が一世を風靡したことがあるが、冗談の中に占領軍や政治への批判がユーモラスに語られて大評判となったものである。

 

 人々は相手を批判する時に、ストレートにいうと喧嘩になることをよく知っているから、冗談の真綿にくるんでチクリと刺す。すると相手は苦笑いしながら反省する。もし相手が怒り出したら、冗談冗談と逃げることができる。冗談には真実が含まれているから共感の笑いを誘うのである。だから、お互いに冗談をいい合える仲というのはとても親密で、コミュニケーションはすこぶるよく、当然組織は活性化するのである。リーダーは率先して冗談をいい、ユーモアのある話をして、雰囲気をくつろがせるように努めたい。

 

 ユーモアは欧米人、とくにアメリカ人がとても大切にしており、ユーモアやジョーク(冗談・冗句)の語れないリーダーは劣っているといわれるほど。なぜならユーモアこそ人間味、人間性が最もよく現われるからである。リーダーは四角四面の紋切型でなくユーモアたっぷりの人でありたい。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑨重要な情報は噂の形で伝わってくる -雑談にはニュースがいっぱい-

 

 まず雑談であるが、正規の会合では黙っている人も、雑談になると話がはずむ。それは雑談が面白いからである。なぜ面白いのかといえば、雑談にはみんなの興味をひくニュース、情報がたくさん含まれているからである。

 

 雑談の中で最も喜ばれるのは噂話である。なにしろ、口篇に尊いと書くぐらいだから、人々にとってはとても耳よりの情報なのである。しかも、司会や記録などのない、自由な話合いだから、何が飛び出すかわからない面白さがある。

 

 雑談はグループ・バイン方式といって、最盛期のブドウの蔓のように、棚いっぱいに交叉していて、どこが頭でどこが尻尾かよくわからない。要するにとりとめがなく、結論もなしに、興味のままに話はどんどん移り変わっていく。無責任なかわりに、きわめて自由奔放である。だからホンネが出やすいのである。ニュースは英語の北東西南の頭文字をとったものというぐらい、四方山話にはニュースが多い。

 

 そして噂話の中に、重要な情報のヒントがしばしば含まれている。したがってすぐれたリーダーは噂話に興じながら、ヒントをその中からキャッチするのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑧話合いを活発にする許容的雰囲気 -雑談・冗談・愚論の大切さ-

 

 組織を活性化する基本は、コミュニケーションすなわち話合いであるということから、話合いを活発にする方法をいくつかあげてみたい。

 

 いくら長時間かけて話し合っても、タテマエばかりでは実りは少ない。やはりホンネで話し合うことが大切である。それにはホンネの出やすい条件づくりが必要で、リーダーはこの点に気を配ることが期待される。ホンネが出やすいのは、くつろいだムードをかもし出すことである。これを許容的雰囲気という。英語だとリラックス・ムードとなる。何をいっても大目に見てもらえる、許されるミーティングという意味である。

 

 そういう会合には、雑談・冗談・愚論が不可欠だとコミュニケーションの専門家はいう。その会社のコミュニケーションやチームワークは、どのくらい冗談がいい合えるかが、活性度を測るバロメータだというくらいである。したがって、リーダーは進んで雑談・冗談をいい、愚論を発して、空気をやわらげることにつとめたいものである。

 

 「笑う門には福来る」というが、冗談や愚論で笑い声が湧き起るグループには「笑うサークルにはアイデア来る」で、第5章で述べるようなアイデアが続出するのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑦つねにサブリーダーの育成を心がける -代行者の中から後継者を選ぶ-

 

 チームリーダーになった者は、すぐにサブリーダーの育成にとりかかる必要がある。なぜなら、リーダーも休むことがあるし、会議や出帳で不在になったり、病気になったり、急に転勤になることもあるからである。

 

 そんな時に、すぐにサブリーダーが代わりにチームをまとめることになる。リーダー不在のため混乱したりしないよう、準備を怠らないことである。

 

 サブリーダーは、はじめ古参の者の中から選び、代行者としてメンバーに認知してもらうことになるが、代行者もまた不在になることがあるので、複数作り、順位を決めておく。軍隊では、指揮官が負傷したり、戦死しても指揮系統が混乱しないように、最後の一兵に至るまで、代行の順序が決められているものである。

 

 ただし、代行者は必ずしも後継者とは限らない。後継者は真の中核にふさわしい力量と人望(支持)が備わっている必要がある。いろいろ代行してもらっているうちに、もっともリーダーシップのある人物が年齢や職歴にかかわらず、正式に後継者に任命することになる。後継者の育成は、リーダーの大切な責務である。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑥核になるリーダーの人間味の力 -人の話を聞くのが大好きな人間-

 

 チームワークの中心、核になるのは何といっても中心リーダーである。前述のように、すべてのメンバーが役割リーダーになる時代であるが、その核になってまとめるのが中心リーダーである。

 

 中心リーダーは何よりも人間好きであることが求められる。人間好きとは、人の話を聞くのが好きということである。メンバーの知恵を借り、意見を聞き、それをできるだけ取り入れ、実現しようとするところから、メンバーの支持が高まるのである。

 

 核がはっきりしなかったり、いくつもあるチームは結集力が弱く、チームワークを発揮しにくい。人間味ゆたかで、魅力のあるリーダーが核になっているチームは強い。よくまとまっている。もちろん、緊急の場合は、強力に指図し、正しい方向を示すのがリーダーの任務であるが、ふだんはできるだけメンバーの意見を聞き、コンセンサス(合意)づくりをしつつ、まとまって正しい方向に進んでいくのがすぐれたリーダーのあり方である。

 

 自分一人の知恵より、衆智を集めるほうがずっと良い知恵となることを知っているのが次元の高いリーダーなのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

⑤相互啓発で学びあい、教えあう -先輩は知恵と経験、若者はセンス-

 

 チームの中では、互いに教えあい、学びあって向上を図る相互啓発を日頃から不断に行なうことが望ましい。先輩は永年培った知恵と経験を後輩に伝え、後輩は新しい知識とセンスを先輩に伝えるのである。

 

 年輩者は、近頃の若い者はなっていない、若者は時代遅れのオジンは古すぎてお話にならないと、互いにケナしあう場合が多いようだが、こうして互いに学びあってみると、違う世代には、自分たちとは違う良いものを持っていることを知り、見直すものである。

 

 また旧世代は、とくにパソコンなどのハイテクについて教わるのがいい。食わず嫌い、敬遠ではなく、教えてもらう姿勢が融和を高めるのである。

 

 人間は他人にものを教えようとする時にいちばんよく勉強し、身につくものである。いざ教えようと思って、知識を整理してみると、往々にしていかに曖昧、不十分で、本当には分っていないことを知り、愕然として勉強し直すものである。

 

 だいたい教える時間の五十倍は仕込みにあてていないと、自信をもって教えられない。つまり、教えることほど勉強になることはない、というわけである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

④価値ある目標めざして一致団結 -細分化して個別目標まで明確化-

 

 チームが一体化するためには、みんなが賛同する共同目標が不可欠である。目標あっての生きがいだから、価値ある目標をみんなで申し合わせる。

 

 〝価値ある〟とは、もちろん社会的にも、社内的にも価値があるということで、胸を張って誇り高く、チャレンジできるような目標である。

 

 たとえば、グループ提案数社内ナンバーワンとか、年間完全ゼロ災の達成というようなものである。このような価値ある目標をかかげると、気が引き締まり、チームワークもぐっと強化される。

 

 目標はなるべく数字で表わし、これを達成するために、メンバー各自に割り振った個別目標もはっきり決めることが大切である。共同目標だけ決めて、個別目標までセグメントしないと、具体的に何をやればよいのか、わからなくなるからである。

 

 数字を明示すると、達成度が一目でわかるというメリットがある。同時に、数字ではうまく表わせない努力や工夫を評価することを忘れないようにするのが、チーム一体化をはかるコツといえよう。価値ある目標でチームは一致団結できるのである。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

③役割分担と交代で多能化・能力アップ -計画的ローテーションの重要性-

 

 大企業がいま分社化に力を入れているのは、〝大男総身に知恵がまわりかね〟で、激変する情勢に即応しにくいためである。分社化というのは、零細企業化といえばわかりやすい。零細企業では仕事は専門化しておらず、手が空いていれば一人で何でもやってのける。そこから少数精鋭が育ってくるのである。

 

 そこでチーム(小集団)では、みんながそれぞれの役割を分担するだけでなく、ゆとりがあればどんどん協力する。一人二役三役は大歓迎である。必ず何か一つの役割を分担することにより責任をもつのである。責任のないところに責任感は生まれようがないのだから、必ず何かの役割を分担する。新人だろうと、パートだろうと同じことである。

 

 そして、その役割をマスターして、半年か一年たったら役割交代、バトンタッチする。そうすることにより、多能化が進むとともに、互いに仕事を知りあっての協力だから、一段とレベルの高いチームワークとなる。人間は本来多能なのだから、このように多能化するほど生きいきしてきて、チームワークもますます向上する。このような計画的なローテーション(人事異動)は組織の活性化にとってきわめて重要である。

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

②徹底した話しこみがすべての基本 -相互理解から共感へ、さらに相互信頼へ-

 

 生まれも育ちも、性格も、みんな違う人たちが不思議な縁で集まったのが職場だが、その人たちが、しっかりと結びあい、チームワークを発揮するには、まず第一に、十分に話し合う必要がある。

 

 それも単なる語合いではなく、話しこみというのがふさわしい。話しこみというのは、徹底して時間をかけて、本音で話し合うことである。そうすると、時間がたつにつれて相互理解が深まり、さらに理性から感性・感情の領域にまで入りこむ。すなわち、心の通いあいが生まれ、共感となるのである。それがさらに進むと、相互信頼にまでレベルアップされ、真のチームワークが生まれてくる。

 

 話しこみには、どのくらいの時間が必要かについては、経験則だが、一人当りの発言時間が二時間は必要である。七人のグループで話し合うとすると二×七で一四時間はどうしてもほしい。これだけ長時間続けて話し合うには、泊りこみの合宿でないとむずかしい。昔から、宗教団体や軍隊、学校、スポーツクラブなどが、好んで合宿をしてきたのは、合宿がチームワーク向上に最も効果的であることがわかっているためである。

 

 

 


第四章 組織を活性化するリーダーシップ

 

 

①組織を裏返すとコミュニケーション -組織の活性化の五原則-

 

 このところ、組織の活性化がしきりに叫ばれている。というのも、世界一高い賃金・地代・税金・エネルギーに加えて、労働時間の短縮を迫られている日本の企業は、この無理難題を克服するには組織の活性化が最高の対応策と考えているためである。

 

 人間が単なる集団である場合には、寄せ集め的な効果しか出ないが、活性化すると相乗効果(掛け算効果)が生まれ、ひと桁上の効果が生まれてくる。

 

 組織は裏返すとコミュニケーションになるから、組織の活性化とは、コミュニケーションの活性化にほかならない。リーダーは、組織を活性化するために、次のチームワークの五原則を忠実に実践することである。

 ①徹底した話しこみによる意志統一

 ②全員必ず何かの役割を分担し責任を持つ

 ③価値ある目標をみんなで決める

 ④相互啓発により能力向上をはかる

 ⑤核になるリーダーの人間味(具体的にはみんなの意見や知恵を傾聴し集約する)

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

㉕リーダー自身の成長で「共育」を -上司の成長が部下の成長を促す-

 

 教育の教という字のツクリは「交」をあらわしている。すなわち、教育とは本来「交育」なのである。交育でわかりにくければ「共育」といってもいい。共の字が嫌いなら「協育」でもいい。

 

 この意味は、教える者が学び成長しない限り、教わる者を成長させることはできないというきびしい原理を示したものである。リーダーや上司になったからといって、先生気取りになったり、権力的になるなんてとんでもないということである。

 

 リーダーや上司になればなるほど、前に述べた態度教育・示範の重要性を痛感し、ますます謙虚になり、いっそう身を正し、精進し、不断に学ぶ心がけを強めることが望まれるのである。リーダーの自己啓発・相互啓発、ならびに基本的常識については、第9、第10章にくわしく述べてあるので参照されたい。リーダーの学習の中心は、何といっても、これまで繰り返し述べてきたように、人間の研究でなければなるまい。

 

 しめくくりとして「すべての定義が失敗するほど、人間は幅広く、多岐多様なものである」というドイツの哲学者マックス・シェラー(1874~1928)のことばを贈ろう。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

㉔数値であらわせないものを大切に -計数の奥にある人間性こそ重要-

 

 パソコンを自由に駆使できるようになると数値の扱いが巧みになり、重視するようになってくる。数は「科学のことば」だから、数値を用いると科学的になり、レベルが一段と上がったような気がしてくる。しかし、そうなればなるほど、数値で表わせるものも大切だが、表わせないものの中にもっと大切なものがあることを再認識する必要がある。

 

 経営内部の情報のうち、数値化してコンピュータにインプットしうるものは、せいぜい30%にすぎないことを知らねばならない。だからこの30%をいかに正確に処理しても、残りの70%をないがしろにすると、経営はたちまちおかしくなるのである。

 

 その数値であらわせないものは、たとえば、愛社心、やる気、チームワーク、ムード、アイデア、センス、リーダーシップといった大切なものばかりである。これらはパソコンで把握することはできない。深い人間智で学ばねばならないのである。

 

 アメリカの企業がハーバード・ビジネススクールなどの、数値偏重のリードでおかしくなり、企業間国際競争にも連敗するようになったことを深く学ぶ必要がある。計数の奥にある人間性の重要さを認識することがリーダーの急務である。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

㉓コンピュータ、ワープロは自由自在 -ハイテクを駆使するマルチ人材-

 

 人間がロボットを駆使するようになれば、プログラム、システムをどんどん作れるようになる必要がある。

 

 これからは、パソコン、ワープロ、ファクシミリなどの情報化時代の三種の神器(?)を自由自在にこなし、使いまくれるようにする必要がある。ハイテクを駆使して、情報化時代をリードできなければ、たちまち時代遅れとなり、取り残されてしまうことになる。

 

 これから職場に入ってくる若者たちは、幼い頃からファミコン(ファミリー・コンピュータ)になじみ、ハイテク機器を操作するのにまったく違和感を持たないおそるべき世代である。コンピュータをいじるのは常識の彼等から見れば、パソコンに近づこうともしない旧世代はまさに古代人に見えるに違いない。

 

 リーダーは特にこうした古い世代をハイテクになじませる教育を工夫することである。食わず嫌いなだけで、やってみれば「子供にもできる」などやさしいのだから、ゆっくり時間をかけ、週休二日を活用して練習すれば、たちまち習熟して自信がつき、真の意味でのマルチ人間に変身しうる。自信をつけるプラス暗示の技法の見せどころといえよう。

 

 

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

㉒多能化・多重化で大きく能力向上 -ロボット時代の人間のあり方-

 

 アメリカのテイラーやフォードのリードで大成功したマスプロ時代の工場では、未熟練工を活用するシステムで人間を単純作業をする単能工としてしまい、天才チャップリンの描いた名画「モダンタイムス」でその欠陥は痛烈に批判されたものである。

 

 しかし、今日ではロボットの発達とコストダウンにより、ロボットは人間より安く、かつ人間以上に正確に仕事をできるようになってきた。

 

 このため、単純くり返し作業や危険作業はロボットにやらせ、人間はロボットにはできない複雑で、高度な仕事に専念するようになっている。「ロボットにできる仕事は、人間はしてはならない」というのがこれからの原則である。つまり、かつての単純化とは反対に、多能化・仕事の多重化へ進み、一人三役四役のマルチ人間を育成しなければならない。

 

 そのためにも、前にのべたまかせ方によってどんどん新しい仕事をおぼえてもらい、QCサークルなどの小集団活動で、役割をどんどん交替して、何でもできるようにする必要がある。これからは最低一人三つの仕事はできるようコーチするのがリーダーのつとめとなるであろう。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

㉑安全第一は、人間第一を貫くこと -危険予知訓練でゼロ災達成-

 

 工場はもちろん、いかなる職場でも安全は不可欠の重要教育ポイントである。オフィスでも防火防災訓練は欠かせない。高層ビル時代の火災は大惨事を招くおそれがある。

 

 安全教育は安全第一が基本だが、これは人間第一ということである。これは、かけがえのない人間の生命と身体の安全を守るためには、何はさて置いても最優先で取り組むということである。それがタテマエで、ホンネは生産第一、品質第二、安全第三ではまともな職場とはいえないのである。

 

 今日の安全教育の中心は危険予知訓練(KYT)である。昔に比べると隔世の感があるほど、日本の安全設備、安全管理は世界のトップレベルにまで高度化されている。しかし、主作業でなく、運搬、倉庫などの附帯的な作業で不注意による災害がまだ発生している。

 

 そこで、少しでもヒヤリとしたことはもちろん、誰もまだ気づかないでいる危険箇所や危険作業を透徹した眼で見ぬく能力を高めるのがKYTである。

 

 これをリーダーが丹念に進めることにより、年間休業災害ゼロの「ゼロ災」を達成することができる。結局はリーダーの熱意と努力次第ということである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑳敬語を正しく使えないとレベル以下 -4Sはビジネスマンの常識-

 

 敬語は、日本の社会においては正しく使えないと、人間として平均レベル以下と見なされるおそれがある。お客様や上司に敬語を使えないようではビジネスマン失格である。敬語はどんな偉い人とも対等に話すことのできる脚立のようなものだと教えているところもある。高い所に立って人と対等の位置につくための踏み台といってもいい。一つの社会的な用具であるが、心に相手を敬い、尊重する気持がない限り、うわべだけになる。

 

 さて、4Sはビジネスマンの常識としての仕事上のしつけである。4Sとは整理・整頓・清掃・清潔の頭文字をとったものである。これに右のしつけを加えると5Sになり、しっかり(歯止め)を入れると6S、安全のSafetyを入れると7Sになったりする。

 

 整理は不要なものを処分すること、整頓は必要なものをすぐ取り出せるようにきちんと物を配置することで、この二つは能率の基本といわれている。

 

 清掃・清潔は改めて説明するまでもないが品質の基本である。半導体などの精密工場は空気や水のクリーン管理が決定的に重要だし、商店もクリーンネスが売上を左右する。

 

 しつけは人間関係の基本なのである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑲しつけ教育は、きわめて大切 -あいさつ、敬語、4S-

 

 しつけ(躾)教育というものは、昔は家庭で仕込むものであった。ところが今は、家庭でも学校でも、しつけ教育はお寒い限りで、やむなく企業経営では、新入社員に一から教え直している。情けない話である。しつけが悪いと、その会社の全体や製品の質まで疑われるのだから、しつけ教育に大変な力が入るのも当然といえよう。

 

 しつけは躾と書くように、しつけの良い女性はとても美しく、しとやかに見える。しつけは「しつづけ」を縮めたことばだというぐらいで、リーダーがOJTで根気よく、繰り返し教え、無意識のうちに条件反射的に正しい行為ができるようにするのがコツである。

 

 しつけは、まずあいさつ、次は敬語、そして4Sである。

 

 あいさつ(挨拶)は禅から出たことばで「迫る」という意味である。人に近づく時のエチケットである。昔は目下の者が目上より先にするならわしだったが、民主的な現代では、人間関係の潤滑油として、気のついた方から先に声をかけるようになった。

 

 頭を下げてあいさつするにも、最敬礼、普通のお辞儀と、会釈(目礼)の三通りある。それぞれていねいに教えることが大切である。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑱映像人間・アニメ世代には漫画で教える -一枚の絵は一万字にまさる-

 

 旧世代は活字人間であり、物心がついた頃から漫画とテレビで育った世代は映像人間・アニメ世代といわれる。

 

 情報化社会になると、テレビに代表されるように映像情報が強力な影響を与えるようになる。雑誌も新聞も、写真や漫画が主役になり、映像文化時代となる。かつて少年マガジン誌がいみじくも喝破したように、「一枚の絵は一万字にまさる」ほど、情報は映像にいっぱい詰めこまれている。だから、今の時代には「郷に入れば郷に従え」で、経営教育にもできるかぎり、ビデオ、スライド、写真、漫画を用いるといい。

 

 あのお堅い日本経済新聞社の出版物で、もっとも読まれベストセラーになったのが『マンガ日本経済入門』(石ノ森章太郎著)であったということが、時代の変化をよくあらわしている。しかし、映像教材は金と手間がかかり、映写設備が不可欠という大きな欠点もある。また活字文化のように個人の想像力をかきたてるという要素も大いに欠けている。

 

 だから、映像と活字の併用が望ましい。そこで私は映像と活字の中間を狙い、MKフローチャートなるものを考案してみた。見返しの図を参照されたい。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑰分解・例解・図解・理解のすべてを活用 -分ければ、わかるの教え上手-

 

 教えるコツの一つに分解がある。分解とは分ければわかるという意味である。分という字は「わける」とも読めるし「わかる」とも読める。わからないのは、分け方が不十分だと考えるのである。

 

 どんなに複雑に見える仕事でも、細かいステップに分解すれば、一つ一つの動作は大部分が簡単なものになる。その単純化した作業に未熟練工をつけ、それを統合して複雑な製品を作るのに成功したのが、自動車王といわれたフォードのコンベア・システムである。相手のレベルに応じて仕事を区分して教えるのが、教え上手のリーダーのコツである。

 

 同じようにして、例をあげてわからせるのが例解である。仏教で「人を見て法を説け」といわれるのは、聴く人によって適切な例をあげ、わかりやすく説法せよという意味である。話し上手は引例上手である。

 

 また、図面を用いてわからせるのが図解で、理論的にわからせるのは理解である。教え上手のリーダーは、この四つの解法をすべて活用して教えるから、部下の育ちが早い。頭の良すぎる人は理解ばかりさせようとするから、わかりにくいと敬遠されるのである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑯まかせの極意は上から見て七〇% -三分の二は一〇〇%以上やる-

 

 まかせ上手の人に、まかせの極意を尋ねてみると、「上から見て七〇%できるようになったと思ったら、思い切ってまかせることだ」といわれた。

 

 なぜなら、あとの三〇%あるいはそれ以上は、まかされて体験してはじめてわかる部分だから、まかせない以上、いつまでたっても伸びきれないためだという。八〇%、九〇%になってからと思っていると、いつまでたってもまかされないことになる。

 

 そして七〇%になったと判断して、思い切ってまかせると、三分の一は一〇〇%以上、三分の一は一〇〇%ぐらい、残りの三分の一も九〇%までは迫ってくるから、歩留り三分の二で、まかせた方がお互いに得なのだといわれて感心した。

 

 そして、まかせ教育をする時には、報告の仕方をきちんと教えておくのがコツである。その報告も、結果報告だけでなく中間報告を、それも催促されてからでなく、進んで先手先手としてくれることが望ましい。よく報告してくれると、安心して、もっとまかせようという気持になる。報告上手は、まかされ上手ということである。報告は結論が先、説明は後というのが原則であり、聞く立場を考えて話すのがベテランである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑮教えてまかせれば、大きく伸びる -信頼にこたえてやる気を出す-

 

 人を育てる上で、とても効果があるのは、仕事をまかせることである。

 

 なぜなら、まかせるというのは、上司が部下を信頼して大切な仕事をやらせてくれることだから、大いにやる気を出して励み、当然大きく成長する。まかせるためには教えなくてはならない。教えないでまかせるのは、押しつけであり、逆効果になることが多い。

 

 まかせるためには、まずリーダーは自分の仕事を分析して三つに区分することである。

 ①どうしても自分がやらねばならない仕事

 ②自分がやった方がうまくいく仕事

 ③やってもやらなくてもいい仕事

 

 この三つのうち、テストケースとしては、まず③をやらせてみる。失敗しても、もともと重要性の低い仕事だから被害は少ない。テストに合格したら②をまかせる。

 

 ②にも合格したら、①までまかせる。その時、リーダーは一ランク上に昇進し、そのあとにその後輩が座る時である。

 

 まかせ上手は教え上手であり、育て上手ということになる。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑭継続は力なり、育てるコツはコツコツ -凡才が秀才に勝つ秘訣はこれ-

 

 「継続は力なり」というすばらしいことばがある。天才と秀才は違い、天才は鈍才の徹底したものだという考え方がある。天才は秀才が〝できない〟といって通り過ぎたあとに立ち止まり、秀才の掘った穴を、もっと深くコツコツと掘り下げると、世の中を驚かす大発見となるのだというのである。

 

 兔と亀の有名な寓話にあるように、いくら才能があっても怠ける秀才より、コツコツとたゆみなく精進を続ける鈍才、凡才の方が結局は勝つのである。

 

 一つの目標、テーマを決めて、毎日休みなく、コツコツと勉強を重ねれば、必ず一〇年たったらその道のプロになるといわれる。リーダーは、メンバーの一人一人に、その人にふさわしい目標をたてるように指導し、コツコツの継続の努力を励まし続ければ、メンバーはそれぞれの道のプロとなり、リーダーは大いに感謝されるに違いない。

 

 幸せは「仕合せ」であり、仕事を為しとげた悦びをいうという説もある。自分でもよくここまで登れたものだと感心し、心の底からの悦びを味わえる人はしあわせである。

 

 人生を登山にたとえる話が多いが、もっともなことだといえよう。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑬目標が定まり、一歩一歩の向上 -目標なくして生きがいなし-

 

 教育には目標が不可欠である。どこまでレベルアップするのかといった目標がないかぎり、教育計画の立てようがない。目標は人生にとっても、大切なものである。こうしたい、こうなりたいという目標があって、計画が生まれ、計画を達成した喜びが生きがいになる。だから目標なくして生きがいなし、目標あっての生きがいというのである。

 

 目標レベルと現在のレベルの差が、教育必要差といわれるものである。その差は大きなものであってもいっこうにかまわない。いっぺんに飛び上がれるわけはないので、階段か梯子を作り、一歩一歩踏みしめて登って行けばよいのである。

 

 その階段の高さがありすぎると登れない。学ぶ人の能力に応じて高さの調整をし、登りやすくし、一段上がるごとに、ほめ、励ますのがリーダーの仕事である。

 

 教育は自信をつけることだと述べたが、階段を一つ上がるごとに自信がつく。小さな勝利の積み重ねで人はプロに育っていくものだと、プロ野球の名監督も語っている。

 

 どんなに高い階段でも、休み休みでも、たゆみなく登っていけば、必ず目標に到達し、達成の喜び、生きがいが得られるのである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑫OJTの本命は示範・感化 -一言一行、一挙手一投足が教育-

 

 OJTの中のOJT、あるいはOJTの本命といわれるものは態度教育である。

 

 これは示範であり、感化である。教えている人が自覚していなくても教えているので、無意識教育ともいわれる。これはリーダーの一言一行、一挙手一投足がそのまま教育になっているということである。背中で教える、または全身で教えるOJTといわれるゆえんである。リーダーの無意識的な行動や思わぬ一言が、大きな影響をあたえるのでOJTの本命とされているのである。嘘のかくしだてができず、自然にその人の人格があらわれてくるのだから大変である。リーダーの不断の修業が肝心というわけである。

 

 この示範がつみ重なると職場の伝統になる。さらに大きくなれば社風である。家庭では家風、学校では校風というが、これらの風のような空気、雰囲気が自然に人を育て、独特の風格を作り出すのだからすばらしい。これは○○カラーなどともいう。

 

 同じような製品を作るメーカーでありながら、トヨタ、日産、ホンダは大いにカラーが違い、松下、日立、東芝、三菱もずいぶんカラーが違うのは面白いことである。そしてそのカラーに染まり独特の人柄が生まれてくる。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑪OJTによる個別指導が中心 -教育は本来リーダーがするもの-

 

 教育というと学校教育の座学を連想し、会社での教育は人事課がやるという誤解があるが、スタッフのやる教育は職場外教育(OffJT)といい、教育全体の一%程度の例外的なものである。大部分の九九%を占める教育はOJTと呼ばれる職場内教育または現場教育である。OJTはOn the Job Trainingの略で、オンは「・・・しながら」「・・・を通じて」という意味がある(OJEという場合もある。Eはエデュケーション・教育の頭文字)。

 

 このOJTの主役はもちろん上司、リーダーである。経営教育の大部分はリーダーが担当しているのである。OJTは大きく分けると次の三つになる。

 ①個別指導(マン・ツー・マン・コーチ)

 ②話合い指導(朝礼・会議・打合せ)

 ③態度教育(示範・感化)

 

 このうち、個別指導とは、個人差に応じて個性を伸ばす指導である。人間にはみな個性がある。個性こそ人間性である。手に手をとってコーチをして、個性を活かし伸ばすのだから、これほどありがたい指導はない。

 


 

第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑩人材にも必ず欠点はある -瑕瑾なきは人材にあらず-

 

 人材というと、完全無欠な存在のように思うのは誤りである。紙に裏表があるように、人間にも必ず長所があれば短所もある。

 

 実は短所(欠点)の分だけ、長所(美点)が目立ち、現われてくると思ったほうがいい。人間の器量は、ほとんど誰も同じであるが、凡人はそのまわりに凹凸が少なく、可もなく不可もない。ところが人材といわれるような人は、ある部分の才能が突出した分だけ、大きな凹部、すなわち欠点が生まれるのである。

 

 だから江戸時代の碩学、萩生徂徠は「人材に瑕瑾あり、瑕瑾なきは人材にあらず」といったのである。瑕瑾とはキズ、すなわち欠点のことである。したがって徂徠は、欠点など見る必要はない。欠点は文字通り欠けて無いものだから、虚であり、凹部の暗い影にすぎない。ないものをとやかくいっても始まらないので、抜きんでているもの、長所、光り輝く部分だけ大切に伸ばすようにすればよいのだと教えたのである。 

 

 昔から「側近に英雄なし」というように、大人物は大欠点の持ち主で、近くにいる者はそればかり見て悪口をいっているのである。遠くから見れば良い所ばかり見えるものだ。

 


 

第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑨素材を人材に育てるのがリーダー -成長を見守るよろこびは最高-

 

 だいたい中小企業では、はじめから人材といわれる人物が入社してくれるのは稀であろう。〝十で神童〟というような逸材は例外であり、たいていは未完成の素材で入ってくるものである。

 

 その素材を教育訓練によって磨き上げ、レベルアップしていくのが教育である。はじめは平凡に見えた人間が、教育によって隠れていたすぐれた素質の芽を出し、ぐんぐん伸びていくのを見るよろこびは格別なものである。

 

 園芸や盆栽で植物が育っていくのを見るよろこびは、こたえられないものだというが、人が育っていくのを見るのは最高である。リーダーに与えられた功徳といってもいい。

 

 教師というものは、教え子がどんなに偉くなっても、一生尊敬され、感謝されるものである。自分の未熟な部分を育てて下さった恩は、親に次ぐ大きさである。

 

 したがって、よく教え育てるリーダーもまた、メンバーがいくら偉くなっても一生感謝されるものである。

 

 人を育て、素材を人材に仕上げていく醍醐味をよく知るリーダーはすばらしい。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑧行為を叱って、人格を傷つけない -叱り方にも段階がある-

 

 叱るのもいろいろなやり方がある。

 

 まず、行為のあやまちにはきびしく叱ってもいいが、人格を傷つけてはいけない。「お前の親はどんな教育をしたんだ。親の顔が見てみたいね」などとは決していってはならない。親のしつけの悪さを非難するより、こちらの至らなさを反省するのが先である。

 

 ミスやルール違反の大部分は、リーダーの方に責任があると思うようでないと、人を育てることはむずかしい。部下の事故やケガは上司に責任がある。不注意だからそんなヘマをやるのだと思うようではリーダーは失格なのである。

 

 叱り方にも、いくつかの段階がある。はじめはやさしく「あんまり夜ふかしするんじゃないよ」と遅刻にもやんわりと叱る。示唆・忠告の段階である。二回目には「目覚し時計を持っているのか。金がなければ貸してやるからしっかり起きろ」ときつく注意する。

 

 〝仏の顔も三度〟で、三回目はコテンパンに叱る。何度いっても改まらないようなら、身体で、いわゆる骨身にしみるような体罰を加えるのも愛情である。昔からこれを「愛の鞭」といっている。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑦ベテランはほめながら叱る -成長させたいという願いが基本-

 

 〝ほめる〟の反対は〝叱る〟だが、実は叱ることとほめることは基本的には同じものである。ともに相手を成長させたいと願う親心から発しているものだからである。

 

 幼児は親にいくら叱られ、お尻を叩かれても「お母さん、お母さん」となついていく。これは幼な児も、憎いからでなく、可愛いから叱っているのだということを本能的に知っているからである。職場の場合でも、相手を育てたいと思うからこそ叱る。逆にいえば、真の愛情がなければ叱れないともいえるのである。

 

 だから、優秀な上司は叱る時も、ほめながら叱るものである。「お前のようなベテランが、そんなつまらないミスを犯して、どうするんだ、しっかりしろ」という具合に・・・。

 

 はじめの方でベテランと高く評価しているのだから、後半でどんなにボロクソに叱っても、相手は申しわけないと反省し、向上を誓うのである。

 

 反対に「お前はほんとうにダメな奴だなあ。入社した時からダメだと思っていたが、ひとつも進歩していないじゃないか」などと叱ると決定的なダメージになり、再起できなくなってしまう。愛情のない叱責は人をダメにしてしまうので要注意。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑥自信をつければひとりで伸びていく -プラス暗示の偉大な力-

 

 教育の基本としての自信づけは、別のいい方をすればプラス暗示である。 

 

 人間はことばを使って考える動物だけに、ことばによる暗示に強くかかりやすい性質を持っている。噂をすぐに信じ、煽動に弱く、すぐに騙されるという弱点がある。これらはマイナス暗示である。この反対がプラス暗示で、その人を力づけ、よろこばせることばは、心を明るくし、自信をつけ、そのよろこびでぐんと成長する。

 

 日本の古い諺に「やさしいことば一つで冬中暖かい」というすてきなことばがある。ほめことば、思いやりのことばが、暖炉よりも人を暖かくするとはすばらしいことではないだろうか。ほめことばや励ましのことばが、どんなに人を力づけ成長させるかは、自分の過去をふり返ってみれば誰でもわかるはずである。

 

 自分がそうなら、他人にも心してそうするように努めるのが人間のあり方であるように思う。ましてや、リーダー(上司)ともなれば四六時中、そう心がけることがつとめでなければなるまい。自分の何気ないことばがプラス暗示になっているかどうか、リーダーは常に反省してほしいものである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑤人間の潜在能力(脳力)は無限大 -一割も発揮してないもったいなさ-

 

 人間の、いま見えている能力というのは、ほんの一部分、一側面、氷山の一角に過ぎない。この頃は能力よりもアテ字で「脳力」というようになったが、人間の脳力は、死ぬまで使っても一割も使いきれないそうである。ノーベル賞級の大学者でも一四、五%使いこなせばやっとというから、一般人は七、八%というところであろうか。

 

 せっせと一生使ってもやっと一〇%ぐらいだから無限大、無尽蔵といって差支えない。今見えているのは、メンバーの能力のほんの一部であり、引き出せば、まだまだ限りなく能力は発揮できるのだと思えば、うれしくなり、たのもしくなる。

 

 その潜在能力を引き出す(エデゥケート)のが教育(エデゥケーション)である。知識の詰め込み=教育と思うのは狭い考え方である。能力を引き出すことなら、誰でもできるし、リーダーの場合、それが本業といってもいい。

 

 能力を引き出し、伸ばすことは、お互いに楽しいことだし、やりがいのあることである。教育の基本は、まずこの無限大の潜在能力、可能性があることを「自覚」し、やればいくらでも伸ばすことができると「自信」をつけることである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

④アラばかり見えるようでは落第 -まず良い所が見えれば大進歩-

 

 そんなわけで、リーダー(上司)になったら、メンバー(部下)を見た時に、まず良い所がパッと眼に入るようになれば大したものである。大進歩である。

 

 反対にアラばかり見えるようでは落第である。修業が足りない。

 

 親は世間的に見て出来の悪い子供でも、わが子とあれば、とても可愛く、良い所ばかり眼に入るものである。これが親心である。だから子供は親を慕い、一生恩を忘れず、親孝行するのである。親心とまでいかなくても、不思議な御縁を感謝するようになれば、どうしてこんな良い人ばかり集まったんだろうと思う心が生まれてくる。

 

 そうすればメンバー(部下)もリーダー(上司)に好意を持つようになり、しっくりした人間関係、チームワークが育ってくる。

 

 反対に、人事課はどうしてこんなカスばかり俺の所によこしたんだろうかとハラの中で思っていると、メンバー(部下)も同じように、なんでこんなひどいリーダー(上司)のところに回されたんだろう、いやだなあ、運が悪かったなあと心の中でボヤいているものである。これを「お互い様」という。要は心がけ次第ということである。

 

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

③長所を見出し、伸ばすのが教育 -士は己を知る者のために死す-

 

 科学技術は秒進分歩の恐ろしいスピードで発達するが、人間そのものの進歩はきわめてゆっくりしている。その証拠に二〇〇〇年以上も前の釈迦やキリストの教えが今なお役に立つのをみても、人間の本質は今も昔もそれほど変わりがないことがわかる。

 

 中国の古いことばに「士は己を知る者のために死す」という凄い金言がある。これは士(サムライ)は、自分を知ってくれる者のためには生命を投げ出しても闘うという意味である。「己を知る」とはその人の存在価値を認めることで、もっと具体的にいえば、長所・美点・可能性を認めることである。これを現代風にいい直すと「ビジネスマンは自分の存在価値を認めてくれるリーダー(上司)のためにやる気を出す」となろうか。

 

 つまり、リーダーシップとはメンバーの長所を見出し、伸ばし、育てることにほかならないのである。そうすれば、大いにやる気を出してチームワークは良くなり、業績はぐんぐん向上することになる。

 

 人間は誰でも、自分を認めてほしい、評価してほしいと切に願っている。これに応えればやる気を出し、どんどん成長するのだということをリーダーは肝に銘ずることである。

 

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

②人間関係は好意関係 -あばたもえくぼに見えること-

 

 人間関係はアメリカのホーソン実験から生まれたことばで、英語ではヒューマン・リレーションズ、略してHRという。

 

 シカゴのホーソン工場で八年にわたって調査した結果、職場の中には眼に見えない不思議な人のつながりがあることが明らかになった。これをHRと名づけたのである。

 

 HRは規則・規律で公式に作られた関係ではなく、感情で結ばれた非公式な関係である。人間関係は感情関係、もっと平たくいえば好意関係である。好意が生まれると、あばたもえくぼに見えると昔の人はいった。欠点まで美点に見えてくるというのである。

 

 良い人間関係とは、お互いに良い所だけを見出しあい、学びあう関係といっていい。それには、まず、リーダーや上司がそう思うことが大切である。

 

 よくまあ、こんな良い人ばかりが集まったものだ、有難いな、うれしいなと思うようになったらリーダーは大したものである。

 

 それは不思議な御縁を感謝する心である。日本には六〇〇万の事業所があるが、六〇〇万分の一の稀有な確率でめぐりあった有難い関係と思うことが何より大切なのである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

①不思議な御縁を大切に -めったにないから有難い-

 

 リーダーはメンバーとの人間関係を何よりも大切にする必要がある。ところで、人間の「間」という時は「めぐりあわせ」という意味になる。つまり、仏教でいう「縁」がこれにあたる。人間関係は日本的表現では縁になるわけである。「袖すりあうも他生の縁」「縁は異なもの味なもの」などというが、メンバーとリーダー、部下と上司のめぐりあわせは「不思議な御縁」である。

 

 不思議は不可思議を縮めたもので、実は数の単位をあらわすことばである。不可思議とは10の64乗という途方もない大きな数字で、宇宙の直径が10の26乗メートルというからいかに物凄い大きな数字であるかがわかろう。

 

 この場合、不思議は「不可思議分の一」と考える。こんどは極めて小さな数になり、0に限りなく近くなる。0は無、無は有難いことである。だから不思議な御縁とは、めったにない(稀有)有難い御縁という意味になる。

 

 ほんとうに稀有な御縁に感謝し、よく一緒に働けるようになったものと思うのが人を育てる第一歩といいたい。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑮リーダーよ、大志を抱け! -仲間の輝ける星となろう-

 

 一度しかない貴重な人生を、最も価値あるものにするために、打ち込むべきもののレベルを上げていくことが大切だと述べた。リーダーはメンバーの期待を一身に負って、大きな志を抱いて精進し、仲間の輝ける星となってほしいものである。

 

 札幌農学校(今の北海道大学)のリーダーであったW・クラークは、帰国にあたって、学生達に「青年よ、大志を抱け」(Boys,be ambitionus.)という名言を残した。これが今なお青年たちを奮い起たせることばとなっている。リーダーはこの名言にあやかり、自分なりの大志を持つことが望まれる。その大志は人により違うだろうが、生きている間に、何か価値あるものを残していきたいと願う心が志である。

 

 どんなことでもいいからナンバーワンになろうというのも立派な志である。今のホンダが零細企業だった頃、本田宗一郎社長が「世界一のオートバイメーカーになろう」と呼びかけたら、思わず吹き出した社員がいたそうである。あまりにもかけ離れた志に笑ってしまったのである。しかし、その初一念が、ついにホンダを世界一のメーカーになしえたのだから、大志にはもの凄いパワーが秘められているのだ。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑭磨かれた個性のすてきな魅力 -打ち込んだもので光る人間性-

 

 つねに多くの人から学び取ろうとする謙虚さと個性は矛盾しない。目立たないように努力しても、個性は自然ににじみ出てくるものである。

 

 人間は個人差があって、個性があるからこそ人間らしいのである。個性こそ人間性である。個性は本能とは異なり、後天的につちかわれたものである。本能的なものは本性である。個性は英語でパーソナリティというが、その語源のペルソナは〝仮面〟という意味である。仮面というと何か本性をかくすように受け取られるが、化粧とか衣裳に類するものと考えるとわかりやすい。

 

 素肌の自然美も美しいが、これに工夫をこらした化粧や衣裳で、その人の美しさは、さらに引き立ち、個性的となる。精神的な個性は、その人がそれまでの人生で何に打ち込んだかによって独自の光を放つようになる。それが人相や表情や話ににじみ出てくる。 

 

 つまらぬ低次元のものに打ち込むと、卑しい個性となり、貧相、悪相となる。反対に高貴なものに日夜打ち込むと、すばらしい人相となり、何気なく話すひと言ひと言が珠玉のようになる。天職に打ち込んだ人は有名無名を問わず、すばらしい個性の光がある。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑬謙虚な学ぶ心が人をひきつける -自戒を忘れず、つねに努力する-

 

 自信がいきすぎると過信・自惚れになる。

 

 自分がまだまだ至らぬ人間であると自覚し、すこしぐらいの成功で自惚れることなく、さらに学ぶ心を失うことがなければ、人はいつまでも成長することができる。

 

 つまらぬ学歴をハナにかけ、家柄を自慢し、有名人と知り合っていることを吹聴するような人間はつまらない人間である。ひそかに軽蔑されていることがわからないようでは、まことにお粗末といわねばならない。〝自慢高慢馬鹿のうち〟と昔からいっている通りである。権力をカサに威張りちらすなどは最低である。リーダーとなったならば、ますます謙虚になり、人の知恵を借りるようになることをいっそう心がけたい。

 

 「稔るほど頭の下る稲穂かな」という歌があるように、人間的に充実しているほど、威張らず、謙虚で、つねに多くの人々から学ぼうと心がけているものである。

 

 その自戒の心と、学びの努力が人々を強くひきつけるのである。

 

 あとで述べるように、すぐれたリーダーは価値を生む現場をとても大切にし、現場から深く学ぼうと心がけているものである。その姿勢はまことに美しい。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑫信じる力の偉大なるパワー -自信・確信・信頼の威力-

 

 メンバーを信頼することは、メンバーから信頼されることである。人間の不思議なところは「信」にある。

 

 信ずる力の偉大さは、宗教を見ればよくわかる。一般の企業は四〇年続くのも容易ではない。長くても三〇〇年、四〇〇年で、一〇〇年以上続いている会社は数えるほどだ。ところが二五〇〇年前に生まれた仏教、二〇〇〇年前に生まれたキリスト教など、宗教は営々と一〇〇〇年をこえて繁栄し続けている。信仰の力の凄さである。

 

 これは個人の場合も同じである。自信を持ち、確信し、信念を持つと、人はすばらしいパワーを持つようになる。人が変わったようになる。「男子会わざること三日なれば、まさに括目して相まみえるべし」ということばもある。人は自信を持つと別人のように発言し、行動するようになる。自信をもったリーダーは強い。

 

 同じように、相互信頼するグループはきわめて強力である。一致団結して、困難な問題を解決し得たとき、グループのメンバーは自信をもち、さらに強力になる。

 

 教育の本質を一言で述べるならば「自信をつけること」である。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑪メンバーの支持が指導力の七〇% -代表能力がメンバーの支持を生む-

 

 リーダーシップは、生まれつきのものという説がある。しかし、それは間違ってはいないが正しくはない。リーダーシップを構成する要素とウエイトは、

 

 ①生まれつきの能力

 ②地位・権限から生まれる力

 ③メンバーの支持

 

とされている。このうち、①と②を合わせて約三〇%、残りの七〇%は③のメンバーの支持なのである。だからメンバーの支持を失った時、どんな英雄も、独裁者も、あっという間に没落し、失脚することは、多くの歴史上の実例が示しているところである。 

 

 メンバーの支持は、リーダーがメンバーの代表者として、グループ外のパワーに対して堂々と折衝し、グループにプラスとなるようにすることによって得られる。マイナスとなり、貧乏くじを引いてくるようだと支持を失うことになる。 

 

 支持が得られれば、指示はこころよく受け入れられる。指示力は支持力に正比例する。外に強ければ内にも強く、外に弱ければ内にも弱くなるのである。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑩何事も相談するパートナーシップ -協力者の知恵を借りよう-

 

 リーダーはメンバーと共にある。したがってリーダーシップはメンバーシップと表裏一体をなしている。メンバーシップは、リーダーシップを指導力とするならば、協力性、協力度ということになかろうか。

 

 メンバーはまたパートナーでもある。パートナーは協力者である。協力者であるならば、何かにつけて相談をもちかけ、知恵を借り、協議するのが礼儀であり、不可欠なことであろう。よほど緊急のことでない限り、相談をもちかけて知恵を借りる方が、ずっとうまくいくにきまっている。「人に聴くより良い知恵はない」のである。

 

 「三人寄れば文殊の知恵」で、みんなで協議するとお釈迦様の弟子の中の最高の知者だった文殊菩薩と同じか、それ以上のすばらしい知恵が出てくるというのだから、人の知恵を借りないのは愚かなことといわねばならぬ。聴き上手のリーダーは、楽しく、話しやすい雰囲気を作り、どんどん発言を誘導する。「それは面白い」「良いアイデアじゃないか」「もっと続きを話せよ」とタイミングよく合の手を入れると話ははずむ。

 

 話すほどに、聴くほどに、良い知恵が出てくるのだからこんな素敵なことはない。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑨人の話を聴くのが何より大好き -人間は口が一つで、耳は二つ-

 

 人間好きリーダーの特色の一つは、人の話を聞くのが何より大好きという点にある。なお、この場合「聞く」より「聴く」と書いた方がもっと適切であろう。

 

 人間は口が一つで耳は二つ、これは喋る倍だけ聴きなさいと神様がこのようにお作りになったのだと、ユダヤの教典タルムードに説いてある。すぐれたリーダーはこの教えのように、好んで人の話を聴く。人間好きとは人の話を聴くのが好きということである。

 

 人間の能力・脳力、可能性は無限大なのだから、人の知恵をいろいろ聴かせてもらうと、得るところはきわめて多い。人の話は何よりも面白い。人によって話は無限にあり、個性があり、いくら語りあっても尽きないほど話のタネはある。

 

 人間は自分の話をよく聴いてくれる人にはとても好意を持つものである。話し上手は聞き上手である。ほどよくうなずいては、話をもっと引き出すのが上手なのである。

 

 リーダーシップ(leadership)という英語の頭文字のLは、リッスン(listen)すなわち、傾聴するという意味だとアメリカでは教えているという。リーダーシップは傾聴に始まるというわけである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑧人間好き、人間の無限の力を信ずる -人間味ゆたかなリーダーの魅力-

 

 ヒューマン・スキルとは、人をうまく扱う技術といった次元の低いとらえ方をすべきものではない。何よりも人間好きであり、とりわけ人間の無限の力を信ずることである。

 

 人間を物としてとらえると、水が大部分で約七〇%、あと脂肪、蛋白質、カルシウム等で合計しても体重六〇㎏の人で材料原価は一六四〇円ぐらい。相撲取りぐらいに肥えていてようやく二〇〇〇円というところ。

 

 ところが、それらの素材が組み合わさって人間になると、六〇㎏の人で六〇兆の細胞があり、一つ一円としても六〇兆円になる。一つの細胞には百科事典数百冊分の情報をもつDNA(デオキシリボ核酸という遺伝子)があるからとても一円では作れない。

 

 大脳だけをとっても、一四〇億もの神経細胞をもつウルトラ・スーパー・バイオ・コンピュータなのだからその価値は絶大である。それを死ぬまでフル活用して一〇%も使い切れないそうだから、人間の能力(脳力)は無限大というのである。

 

 この力を信じ、それを引き出し、伸ばし、育てることに最高のよろこびを感じ、人間を知る喜びいっぱいのリーダーこそ、最も人間味ゆたかな魅力あるリーダーといえよう。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑦リーダーに求められる三つのスキル -特に大切なヒューマン・スキル-

 

 三で表現する方法として、もう一つリーダーには次の三つのスキルが大切という考え方もある。スキルとは、技術とも訳されるが、一般には熟練、老練の意味で用いられる。熟達した能力、磨き上げられ、鍛え上げられた能力である。三つのスキルとは次の通り。

 

 ①テクニカル・スキル(Technical Skill)

 ②ヒューマン・スキル(Human Skill)

 ③コンセプチュアル・スキル(Conceptual Skill)

 

 このうち、テクニカル・スキルとは、その人の専門の技術である。たとえば製造技術、販売技術などである。二つめのヒューマン・スキルとは人間をリードする技術で、この本で力説しているリーダーシップに相当する。

 

 もう一つのコンセプチュアル・スキルとはコンセプトにすぐれた技術という意味で、コンセプトは、概念、構想、着想、考案と訳される。したがって構想力ということになるが、一般には問題解決能力ととらえられている。

 

 このうち、とりわけヒューマン・スキルが最重視されるのはもちろんである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑥人材としてのリーダーの条件 -人手から人材へ、さらに人物へ-

 

 三意にちなんで、人材の三条件について参考までに言及しておきたい。

 

 かつては、人間を人足とか足軽と呼んで、足と考えた時代がある。その前には奴隷(非人間)ととらえた時代もある。それがやがて人手となり、手段と考えられるに至るが、今日では人材と呼ぶようになった。人材の材は材木や材料ではなく、人才の才が濁ってザイとなりアテ字にしたものである。才は才能、才覚である。頭を使って考える人という意味である。手足から頭脳への向上である。

 

 人材は英語ではマンパワー、あるいはハイタレントという。この人材の要件については政府の経済審議会人材開発部会で論議した結果、次の三つが不可欠の条件とされた。

 

 ①やる気(根性、闘志)、②リーダーシップ、③創造性である。私はこれに加えて、④二つ以上の専門をもつこと、⑤幅の広い知識、の五つを人材の条件と呼んできた。

 

 その後、人材を人財と呼ぶ人も出てきたが、私は昔からの最高の表現である「人物」をあげたい。しかし、人財も人物も、物のイメージが強すぎることから、やはり「人間」というのがいちばん良い表現であるという結論に至っている。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑤状況の先取りをするマネジメント -先手必勝・先手は万手の先見力-

 

 創意にちなんで、さらにリーダーのあり方を深めていくと、先手必勝となる。

 

  リーダーはおおむねマネジャーである。その地位の上・中・下にかかわらず、リーダーはマネジャーの役割を果たす存在である。

 

  マネジメントは経営とも管理とも訳されるが同じことである。管理を取り締る、人間の自由を拘束すると解釈するのは正しくなく、本当の意味は「状況の先取り」による計画的な仕事の進め方をいう。つまり、管理とは計画的に仕事をすることである。

 

 状況の先取りとは「先手必勝」「先手は万手」「先んずれば人を制する」ことである。

 

 したがって、リーダーはどのくらい先を見、先を読んで仕事をするかでランクが決まってくる。長期的に考え、戦略的に手を打つことのできる人物ほどレベルの高いリーダーであり、他人のやらないこと、やれないことを創造するから、時代をリードすることができる。これからのマネジメントは創造的でないと、リードできないということである。

 

 先を見るには、高い立場で見るに限る。先見力は高見力でもある。これからのリーダーは先見力をもち、つねに創造的に時代をリードすることが望まれるのである。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

④創意とはマンネリ打破の積極性 -つねに新鮮で、面白い工夫を-

 

 三意の三番目である創意は、創造性といってもいい。つねに何か工夫して新しいものを創り出そうという意欲である。

 

 その職場を訪れると、何か新しい工夫が見出せるという職場は活気がある。いつ行っても同じ、旧態依然というマンネリ化した職場は正気に乏しい。決められたことしかない、いわれたことしかやらないのを官僚的という。絞切型で融通のきかないお役所仕事は、他人に不快感を与えるだけでなく、そこで働いている人をもスポイルしてしまう。

 

 常に新鮮な空気を吹きこみ、沈滞ムードをなくしていくのはリーダーの大切な資源の一つである。進歩発展は向上心のあらわれである。

 

 マンネリは同じことをくりかえし、生気の衰えた状態である。

 

 世の中は、日進月歩ならぬ、秒進分歩で急進しているのだから、こちらも「変化には変化」でどんどん対応していかなければ、時代にとり残されてしまうばかりである。

 

 進取の気性を持ち、つねに前進・改善・創造の意欲を燃やしているリーダーでなければ、これからはやっていけないのである。保守安住は亡びの道である。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

③誠意とは有言実行による信頼感 -小さな約束も忘れないで完遂-

 

 誠意の誠は「言を成す」という意味である。つまりいったことは必ず実行する、有言実束も忘れずに実行すると、とても信頼される。忘れるというのは相手を軽んずることになりかねない。小さな約束といっても、それはこちらのとらえ方であり、相手にとっては大きな、大切なことである場合が多いのである。

 

 リーダーが漠然といったことでも、メンバーは具体的にとらえ、その実行を待ち望んでいるものである。「そのうち一ぱい飲もうや」と特に期日を決めないでいったために、上司はすぐに忘れてしまうことが多い。ところが部下は、もうそろそろと心待ちしているのにいっこう音沙汰がないので、催促するわけにもいかず、やがてあの上司は口から出まかせの空約束、空手形ばかり出す人だと不信感を抱くようになる。

 

 小さい空約束も、何回か重なると不信は決定的なものになる。「誠意を示せ」と労組などが迫るのは、待遇改善を公約しているのなら、もっと金を出せということである。職場の場合には、みんなの意見を聞きたいといった以上、もっと意見を聞いてほしいのである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

②リーダーの熱意は人生観から生まれる -向上心に点火して燃える職場作り-

 

 熱意は燃える心、リーダーのやる気である。その熱意がメンバーの向上心という心のガソリン(人間の持つ根源的エネルギー)に点火し、燃える心、すなわちやる気をもり上げていくのである。その燃える心がひろがると「燃える職場」となり、たいへんなパワーとなり、大きな成果をあげるものである。

 

 どんな人間でも向上心という神性(または仏性)を持っている。具体的には、自主性・自発性・積極性・協調性・創造性といった重要な性質である。したがって、「心への点火は、魂の燃焼によらねばならぬ」といわれるのである。メンバーの心を一〇〇度で発火させ、燃え上がらせようと思ったら、リーダーの心は三〇〇度以上に高い熱意(やる気)が不可欠である。そのリーダーの熱意は、その人の人生観から発するものである。使命感、大志、決意、執念、信仰、理想、思想が熱意となって燃え上がるのである。

 

 第一章で述べた希望・夢・ビジョン・ロマンもこの人生観にあたる。一度しかない大切な人生を、ともにベストに生きようというリーダーの人生観がリーダーシップの根幹にあり、それが熱意となってあらわれるのである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

①リーダーシップの古典的表現「三意」 -この三つに欠けると失格-

 

 リーダーに求められる資質や能力をあげていくと、たいへんな数になる。もちろん、それらを具有できたら申し分ないのだが、そのうち不可欠のものを三つあげよといわれたら、何をあげるのだろうか。

 

 昔の人は、まことに簡潔に「三意」だといっている。リーダーすなわち指導者に、この三つのうち一つでも欠けると失格だという。

 

 その三意とは、熱意・誠意・創意である。これは良い。わかりやすい。賛成である。

 

 日本人だけではないが、昔から三という数字は貴い数字で、いろいろなものを三つにまとめる習慣がある。三種の神器とか三宝とか、出羽三山といったりする。

 

 三意ならすぐに覚えられるし、すぐに実行に移すことができる。経営の極意は「あたりまえのことをあたりまえに、ただし徹底的に」やることだと教えられたのは、経営の神様といわれた故・松下幸之助である。

 

 リーダーも、このリーダーシップの極意である「三意」を徹底的に実践することによって、すばらしい成長をとげることができるといってよさそうである。

 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑲国際化時代の新しいリーダーシップ -異なる文化、国民性、宗教の理解-

 

 世界のトップをいく経済大国となった日本は、世界中に企業を進出させるだけでなく、外国人を積極的に日本国内の職場に迎え入れるようになってきた。

 

 これまでは、気心の知れた単一民族同士の、ことばが通じるどころか以心伝心でわかりあえた組織でのリーダーシップであったから思うままにやることができた。

 

 ところが、これからはことばが通じにくく、風俗、習慣、宗教、文化、国民性が大きく異なる民族をリードしなくてはならず、アメリカのように、一つの工場に二〇も三〇もの国から来た人々を使わねばならなくなるだろう。

 

 これは日本のリーダーにとっては大いに苦手とするところだが、世界のリーダーとなった日本人には避けることのできない関門である。これからは、他国、多民族の文化・宗教・民族性等を深く理解し、上手にリードできるリーダーが強く求められるようになる。

 

 ボーダーレス・エコノミーの時代、コンピュータとコミュニケーションの発達で、世界が一つになった現代においては、このような国際性豊かな、高次元のリーダーシップを学ぶことがきわめて大切である。リーダーの学習レベルの急速な高度化が急務である。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑱リーダーの給与は「生きがい給」 -仕事の報酬は仕事、お布施-

 

 日本のリーダーの報酬はきわめて少ない。

 

 課長や古手の職長クラスで新入社員の三倍もない。社長でさえも中小企業の場合、多くて一〇倍、平均で七倍という。昔は、いまの開発途上国なみに課長で一〇倍、社長で一〇〇倍あった。ちなみに現在アメリカのトップは五〇倍、社会主義国でも三〇倍あり、しかも数々の特権に恵まれている。

 

 金銭給だけで考えると、まことに不公平である。そこで、金銭給以外に目に見えない「生きがい給」ともいうべきものが別にあると考えないとソロバンに合わない。

 

 リーダーの仕事はやりがいがある。仕事の報酬は仕事というわけである。それが生きがい給で、金銭給は「お布施」と考えたい。 

 

 金銭給は、有形で、有限で、少ない上に他律的である。世間相場で大部分決まってしまう。金銭給をハード給とすれば、生きがい給はソフト給といえよう。無形で、無限で、自律的で、自分でいくらでも多くすることができる。小集団リーダーのように無報酬でも、すばらしい精神的報酬が得られるのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑰それぞれの場でのリーダーシップ -人間は多面的・多角的な存在-

 

 いつもは目立たない人が、ある特定の場になると突然リーダーシップを発揮して、他の人を驚かすことは珍しいことではない。「得手に帆を上げ」というが、他の分野では平凡に見える人が、その人得意の場面では、素晴らしいリーダーシップを発揮するのである。

 

 たとえば仕事の上ではダメ男が、慰安旅行ではなくてはならない雰囲気を盛り上げる宴会リーダーになったり、職場では平凡で目立たない人物がその人の所属する宗教団体ではたいへんなリーダーであったりする。人間はもともと多面的・多角的な存在であり、ある側面では信じられないほどのリーダーシップを発揮するのだから、その人の特色ある分野で、その人を活かすのが最も民主的なあり方といえよう。誰でも、すべての側面でリーダーであることは不可能なのだから・・・。

 

 職場においても、その人の最も適した面で役割リーダーとしてのリーダーシップを発揮してもらうことである。どこかで自分の存在価値を認められた時、人は自信を持ち、やる気を出し、大きく成長するものである。人々はそういう評価をしてくれるリーダーを切望しているのである。

 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑯労組リーダーは準公式リーダー -この人を動かす非公式リーダー-

 

 労組組合は、会社の方針で作られたものではなく、組織員が自主的に作ったものだが、そこで選ばれた委員長・書記長は、非公式リーダーではなく、公式リーダーである。しかし、会社などの組織から見ると、準公式リーダーというべきであろうか。

 

 それまでヒラだった人が委員長・書記長になると、労使協議の場では社長・専務と同格、対等になるのでいわゆる公式リーダー以上に権威のあるリーダーとなる。

 

 しかし、その労組にもまた非公式リーダー、隠然たる実力者がいて、労組の公式リーダーを裏から動かしていることは珍しいことではない。

 

 労組の大会で、人々の気持、利害関係、不安、動揺といった心の変化をしっかりと把握し、集会の流れを決定的に変えるような、ツボを押えた発言のできる人を、オピニオン・リーダーという。

 

 オピニオンすなわち意見で人々を支配することのできるリーダーである。これからの社会でも、このオピニオン・リーダーは役職、肩書なしに時代をリードすることができるであろう。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑮非公式リーダーをアシスタントに -グループ運営の上手なノウハウ-

 

 試験制度などで、公式リーダーが決まる場合でも、試験にはパスしなくても、実力があり、隠然とした支配力を持つ先輩格の非公式リーダーが存在するのは珍しいことではない。

 

 非公式リーダーだった人が登用試験にも合格し、公式リーダーになってくれれば、陰陽のリーダーが一致することになり申し分がないのだが、そうならないことが多い。

 

 だから新任の公式リーダーは、誰でも知っている非公式リーダーを立て、何かにつけて相談を持ちかけ、アドバイスを求め、協力者、サブリーダー格になってもらう必要がある。そうすると、人々も安心し、協力してくれるので、とてもうまくいくものである。

 

 大きな職場では、この非公式リーダーが複数になることもある。

 

 とくに女性の職場では、グループがたくさんにわかれ、非公式リーダーも多く生まれることがあるから、そのグループや非公式リーダー同士の対立抗争などが起きないように、バランスのとれたコーチをすることが望まれる。

 

 非公式グループ同士が対立した時は、非公式リーダーを呼んで説得し、仲直りするように努力する。

 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑭インフォーマル・リーダーの存在 -ホーソン実験で確認される-

 

 職制を公式リーダーとすれば、小集団リーダーは半公式リーダーといえよう。これに対して自然に生まれるリーダーをインフォーマル(非公式)・リーダーという。

 

 これは常識的には誰でも知っていることだが、二〇世紀の初め頃に、アメリカのハーバード大学の心理学の教授E・メイヨー博士らによるホーソン実験で確認されたものである。ホーソン実験とは、シカゴ郊外にあるGE社のホーソン工場で八年にわたった歴史的な実験で、ここで生まれたマネジメントの新しい形が人間関係管理と呼ばれるものである。

 ホーソン実験の結果を簡単に述べると-

 ①人間はある集団に入ると、正式の組織のほかに、感情(好意)で結ばれた非公式の組織を自然に作るようになる。いわゆる気の合った同士で作る仲良しグループである。

 ②その非公式グループには、必ず全員の暗黙の支持による非公式リーダー(いわゆるボス)が生まれる。非行少年グループの番長もその一つである。

 ③またその非公式グループには暗黙のルール(掟)が生まれる。この非公式ルールは、就業規則などの公式ルールよりも拘束力が強い場合が多い。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑬小集団活動で全員リーダーの時代へ -役割リーダー交替のシステム-

 

 かつてはリーダーといえば、部長、課長、係長、班長といった「長」の肩書きのつく、いわゆる職制のことをさしていた。しかし、今日ではQCサークル、ZDサークル、JK(自主管理)活動などの小集団活動の時代に入り、全員が交替でリーダーになる。〝全員リーダー時代〟となった。これが従来とは大きく異なるところである。

 

 小集団活動は正確にいえば「小集団による自主管理活動」である。上司の指令によるものを「他主」管理とすれば、グループのメンバーが自主的にどんどん仕事を進めていくのを自主管理と呼ぶ。だいたい五人から一〇人ぐらいの小さなグループを作り、互選でリーダーを選ぶ。任命され、辞令をもらってなる職制とはここが違う。 

 

 小集団活動では、グループリーダーのほかに、役割リーダーを決め、全員が何らかの役割を分担する。サブ・リーダー、記録リーダー、発表リーダーといった具合である。

 

 だから、新人でもすぐ何らかのリーダーになる。この場合、新人が先輩に「命令」することはありえない。ここでは命令・服従の代わりに、依頼・協力となる。ここがきわめて新しい点である。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑫説得にも、いろいろな型がある -ほんものの説得は心理的説得-

 

 説得といっても、本物とまがいものとがある。そのタイプをいくつかあげてみると次のようになる。

 ①威嚇的説得-いわゆるおどしである

 ②利益的説得-餌で釣ろうとする

 ③感情的説得-いわゆる泣き落しである

 ④論理的説得-理屈で追い詰める

 以上は説得とはいいながら、ほんものとはいいがたいものである。 

 

 本当の説得は、⑤心理的説得と呼ばれるもので、次のような三つのステップを踏む。

 (ア)まず、相手のいい分を十分に聞く。

 (イ)その上で、こちらからやってもらいたいことを順々に話す。

 (ウ)しかし、(イ)は八分目で終え、あとは本人の自主性に訴える。

 

 つまり、本人の自尊心を尊重して自己判断の余地を与えるから納得し、自発的な行動が生まれてくるのである。 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑪説得に次ぐ説得で、納得してもらう -自主性発揮はここから生まれる-

 

 現代のリーダーシップの大きな狙いは、自主性・自発性の促進にある。これには何としても、受身ではなく、積極的な納得ずくの行動でなければならない。

 

 もし、説得してもらえなければどうしたらよいだろうか。これについて、あるすぐれたリーダーは「説得に次ぐ説得あるのみ」といった。いわゆる「押してもダメなら引いてみな」であり、大手がダメなら搦手でいく、東京がダメなら名古屋があるさといった具合で、あの手この手、秘術をつくして説得するのである。

 

 このリーダーの熱意が、メンバーあるいはパートナーを動かし、変えていく。

 

 このあと述べていくように、これからの組織には、各人の最大限の自主性を重視したダイナミックさが必要で、命令されたことだけをやるというやり方では、時代の要請に応えられなくなるだろう。

 

 そのために、自主性・自発性をきわめて重視して、説得に力を注ぐのである。

 

 本当に納得した時、自主的・自発的な工夫をこらした積極的な行動が生まれてくるし、命令による服従より、はるかに質の高い成果も生まれてくるのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑩現代のリーダーは「説得業」 -ことばで人を動かす実力者-

 

 統率力時代の昔のリーダーと、指導力時代の今のリーダーとの違いを、別の面から考察してみよう。

 

 統率力のイメージは、上司ー部下、命令ー服従、和を以て貴しと為すといった感じになる。それに対し、リーダーシップ(指導力)では、リーダーとメンバー、説得と納得、チームワークとなる。

 

 リーダーとメンバーは役割に上下はあっても、人間としては対等・平等である。だからメンバーはパートナーでもある。パートナーとは協力者のことである。

 

 だから、協力者には命令ではなく説得になるわけで、これがリーダーは説得業といわれるゆえんである。命令と説得とは内容的には同じで、やってもらいたいことを表明している。しかし、命令には服従しかなく、違反すれば処罰の対象になる。ところが説得の場合は、納得しなければ、やらないでいい自由がある。ここがきわめて肝心な急所である。

 

 自主性・自発性を尊重しているから、どうしても納得してもらわなければならない。ここに現代のリーダーに説得力がきわめて強く求められている最大の理由がある。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑨今の現場リーダーは心服一筋 -それだけにレベルは非常に高い-

 

 昔のリーダーに比べると、今の現場リーダーは人事権は大幅に縮小され、採用はもとより、労組があり、自分も労組員である以上、解雇などできるわけがない。

 

 人事考課はやっても、給料の決定権はないし、収入も、新人の二倍から三倍というように、ぐっと少なくなってしまった。だから、飲ませるとか、小遣いを与えることなどはきわめて困難になっている。また、部下もそれは期待していない。

 

 そうなると、今は、昔風にいうと心服一本槍、心服一筋となっているのである。それだけに今日のリーダーのあり方はむずかしくなっており、高度化しているのである。

 

 権力でおどかし、札ビラで頬を叩いて、人にいうことをきかせるのはやさしい。それに人情がらみともなれば最強である。ところが今日のリーダーは、権力も金もなく心服オンリーだから、昔とは比較にならぬむずかしさとなっている。現代の心服は、心理的に人を動かすことである。具体的には命令でなく、説得によるリードである。

 

 だから、現代のリーダーは人間を学び、心理を学び、説得を学ぶ必要があり、さまざまなリーダーシップの本やセミナーが求められるようになったのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑧昔の現場リーダーは小経営者 -三服の権威で強力にリード-

 

 昔の現場リーダーは、今と違って部下に与えるものをたくさん持っていた。現場のリーダーは親方といわれ、零細企業の経営者なみの力と権限を持っていた。

 

 人間の採用も教育も、給料の決定も、解雇さえもできた。「いやなら、やめろ」の一言でクビにできたのである。労組もなかったし、就職難で失業者はたくさんいたからである。

 

 昔の親方は「三服」の権威があった。三服とは威服・利服・心服である。服は服従という意味である。

 

 威服とは、権威であり権限である。そのうち最強のものは人事権、いわゆる生殺与奪の権である。どんな組織でも、人事権を持つ者がいちばん強いに決まっている。

 

 利服とは、お金の力である。給料を決めるだけでなく、職長クラスで新人の一〇倍の収入があったから、しょっちゅう一杯飲ませ、小遣いを与えることができた。

 

 心服とは、心をつかむこと、とりわけ人情で心をつかむことである。部下思いである。 

 

 昔のリーダーは、このように三拍子揃っていたから、大へんな権威があったものである。それだけに部下指導もやりやすかったといえよう。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑦人間形成こそ最高のプレゼント -リーダーの与えうる希望とは-

 

 先にリーダーは希望を指し示すことが大切だと述べたが、では、リーダーの与えうる希望とは何であろうか。抽象論でなく、具体的にといわれると、はてなと考えこんでしまうリーダーが少なくないと思われる。

 

 とくに中間的なリーダーの場合には、メンバーである部下に対して高給や昇進昇格を約束することはむずかしい。そこまでの人事権、裁量権は与えられていないから、一生懸命努力すれば給料も地位も上がるものだとはいえても、いつ、どのくらいと約束するわけにはいかない。また、メンバー(部下)もそんなことを求めたり、期待してはいない。実情がよくわかっているのだから・・・。そうすると、リーダーがメンバーに与えうる希望は、金や物や地位ではなく、金では買えないものであることがわかってくる。 

 

 それは人づくり、人間形成、別のいい方をすれば不断の教育訓練である。これこそはリーダーの意志と努力によって、いくらでも与えることのできる最高のプレゼントといえよう。その点で、これからのリーダーは、何よりもすぐれたエデュケーター(教育者)であることが望まれてくるのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑥人の心を深くつかむのが最高 -リーダーシップはこれが基本-

 

 需要とは結局、人の心であり、需要の変化とは、心のうつろいにほかならない。

 

 したがってリーダーシップとは、つきつめて考えるなら、人間の心をどれだけ深くつかむことができたかで決まってくるといえる。

 

 人の心は複雑で、深遠で、まことにとらえがたい。しかし、お互いに人間である以上、まったく不可知ということはありえないと思うべきである。

 

 あとの章でくわしく述べることにするが、人間をわかるところまで深く理解しようとする努力が、すぐれたリーダーを生み出す。

 

 われわれの住んでいる世界、この社会は、すべて人間にかかわっているのだから、人間について深く知る者が最高のリーダーシップを発揮できるのは当然のことである。

 

 人間が求め、人間が考え、人間が作り、人間が運び、人間が売り、人間が買い、人間が使うー このように、初めから終わりまで人間がかかわっている以上、誰よりも人間を深くつかんだ者が、時代のリーダーとなりうるのである。その意味で、リーダーシップの研究は「総合人間学」といっていい。人間ほど興味深い研究テーマはないのではなかろうか。


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑤時代の流れは、需要の変化 -「変化には変化」のリーダーシップ-

 

 時代の流れとは、別のいい方をすれば「需要の変化」ということになる。

 

 人間が存在するかぎり、需要はなくならない。しかし、需要は時代とともにどんどん変化する。「諸行無常」「万物流転」といわれるように、昔から世の中は変化するのが当然とされてきたが、最近の変化は、激変というべき大きなもので、まさに「大変」である。

 

 その変化が加速度を増し、昔は十年一昔といっていたのが、五年一昔から三年一昔となり、ついに一年一昔といわれるようになった。そうなると昔の一〇倍のスピードで変化することになるのだから、その変化への対応の仕方も、大きく変えなければならない。

 

 世の中の需要がどのように変化しようと、こちらが「変化には変化」で即応すれば、十分に時流のエネルギーを活用することができる。この変化には変化で対応するのがリーダーシップである。後者の変化とは、具体的には次の二つとなる。

 ①状況の先取り・・・先手必勝。

 ②柔軟な対応・・・(やや受身)。ポイントは頭(考え方)を柔らかくし、組織を動態化・活性化することである。


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

④時代の流れの方向を見極める -そしてその力を活用する-

 

 リーダーの指し示す方向には、もう一つの側面がある。それは、時代の流れの方向を正しく見極めることである。時流についての先見力といってもいい。

 

 時流は、英語ではメガ・トレンドという。大きな時代の傾向・潮流である。

 

 時代の流れの力はきわめて強いものである。これに逆らうのは愚かなことであり、一心に舟を漕いでも、結局力尽きて流されてしまうのがオチである。

 

 それよりも、水力発電のように、時流の力を利用・活用し、そのエネルギーを自分のものにする方がずっと賢明である。

 

 もっともすぐれたリーダーは、自ら時流を作り出す。時代の心を的確につかんだキャッチ・フレーズ、合言葉、スローガンを作り、人々の心の流れを変えることのできるリーダーは、時代を変えることさえできるものである。

 

 一世を風靡した偉大なリーダーも、時流の変化を見誤ると、かつての破竹の勢いもどんどん衰え、敗れ去ってしまうものである。ナポレオンもヒトラーもそうであった。その時流を正しくつかむ眼を曇らせるものは、慢心、自惚れであり、自己の力への過信である。


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

③指導とは共に希望を語りあうこと -希望なきところに努力なし-

 

 さて、リーダーがこちらの方向へ行こうと指さした時、その指さす彼方に良いことがなければ、誰もついてこないであろう。アメリカの経営訓に「他人に協力してもらおうと思ったら、協力すれば、どんな良いことがあるか教えなさい」とある。指さす彼方が地獄か断崖絶壁というのでは、みんな尻ごみするばかりである。だから、リーダーは希望・夢・ビジョン・ロマンを示すことが大切である。

 

 「指導とは、ともに希望を語りあうことなり」という名言がある。その反対は「希望なきところ努力なし」「夢なきところ民亡ぶ」である。

 

 リーダーは常に明るい希望、壮大な夢を持ち、つねにビジョンを語り、ロマンを語る人であってほしい。リーダーはネアカで、楽天的で、人間については性善説であり、人間の可能性は無限大であると信じている人でありたい。

 

 困難な障壁があったとしても、それを打破し、乗り越えていれば、すばらしい未来が開けているのだと、確信をもって語りかけるならば、メンバーは希望をもち、勇気を出してリーダーについてくるものである。リーダーの人生観ですべてが決まるともいえる。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

②方針を明示するのが指導力 -方針の針は磁石の針を意味する-

 

 指導力は、進み行くべき方向を明確に、明快に示す力である。

 

 だが、企業経営では、あまり方向ということばは使わない。ほとんどが「方針」ということばを用いている。意味は同じである。

 

 方針の針は磁石の針を意味している。磁石は正しい方向を指し示す人類の最重要発明品の一つである。普通磁石の針は北を指しているが、その反対側は南を指している。だから指南ということばも、指導と同じ意味に用いられているわけである。

 

 世の中が混迷したり、問題が紛糾したりして、みんなが困ったり、迷っている時、こちらの方向へ進め、俺についてこいと自信をもっていえる人こそリーダー、指導者である。

 

 だから、リーダーは、方向を正しく示すことのできる人でなければならない。どんなに人間的に尊敬できる良い人であっても、また専門技術はベテラン、エキスパートであっても、正しい方針を示すことができなければ、リーダーには不適任ということになる。

 

 いま時代は大きく変わりつつあり、すぐれたリーダーの出現が切望されている。それは既成概念ではとらえられない社会において、向かうべき方向を示すリーダーである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

①リーダーシップは指導力 -古いことばでは統率力-

 

 はじめに、リーダーシップとは何かを考えてみよう。まずことばの分析から始める。

 

 人間は考える動物であり、ことばによって考えているから、ことばの定義を明らかにすることが、物事をはっきり理解する第一歩となる。

 

 リーダーシップ(leadership)は英語だが、テレビ、ステレオと同じように、日本語にとりこまれており、いちいち説明しなくても誰でも知っていることばである。しかし、正確に知っているかと問われると、うまく説明できないのではないだろうか。

 

 そこで、やさしく解説してみよう。昭和二〇年より前は、アメリカと戦争していて、〝鬼畜米英〟などといっていたから、リーダーシップなどという英語は禁止されていた。だから、リーダーシップに相当することばは、軍隊などでは、いかめしく統率力といった。しかし、そのことを知る人は今では年輩の人たちだけになった。だから、リーダーシップを日本語に訳すとなると、指導力といった方がわかりやすい。

 

 リーダーは指導者である。指導力とは読んで字のごとく、指さして導く力、すなわち方向を指し示し、みんなで進んでいこうと働きかける力である。