リーダーになったらこの本

 リーダーという役割は誰にでも訪れる時がある。経営者にとっては必要条件である。鎌田勝氏の本著をたどることにより、リーダーという資質がないと思われる人は参考にしていただき、あると思われる人は自己確認していただきたいと思います。


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑯まかせの極意は上から見て七〇% -三分の二は一〇〇%以上やる-

 

 まかせ上手の人に、まかせの極意を尋ねてみると、「上から見て七〇%できるようになったと思ったら、思い切ってまかせることだ」といわれた。

 

 なぜなら、あとの三〇%あるいはそれ以上は、まかされて体験してはじめてわかる部分だから、まかせない以上、いつまでたっても伸びきれないためだという。八〇%、九〇%になってからと思っていると、いつまでたってもまかされないことになる。

 

 そして七〇%になったと判断して、思い切ってまかせると、三分の一は一〇〇%以上、三分の一は一〇〇%ぐらい、残りの三分の一も九〇%までは迫ってくるから、歩留り三分の二で、まかせた方がお互いに得なのだといわれて感心した。

 

 そして、まかせ教育をする時には、報告の仕方をきちんと教えておくのがコツである。その報告も、結果報告だけでなく中間報告を、それも催促されてからでなく、進んで先手先手としてくれることが望ましい。よく報告してくれると、安心して、もっとまかせようという気持になる。報告上手は、まかされ上手ということである。報告は結論が先、説明は後というのが原則であり、聞く立場を考えて話すのがベテランである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑮教えてまかせれば、大きく伸びる -信頼にこたえてやる気を出す-

 

 人を育てる上で、とても効果があるのは、仕事をまかせることである。

 

 なぜなら、まかせるというのは、上司が部下を信頼して大切な仕事をやらせてくれることだから、大いにやる気を出して励み、当然大きく成長する。まかせるためには教えなくてはならない。教えないでまかせるのは、押しつけであり、逆効果になることが多い。

 

 まかせるためには、まずリーダーは自分の仕事を分析して三つに区分することである。

 ①どうしても自分がやらねばならない仕事

 ②自分がやった方がうまくいく仕事

 ③やってもやらなくてもいい仕事

 

 この三つのうち、テストケースとしては、まず③をやらせてみる。失敗しても、もともと重要性の低い仕事だから被害は少ない。テストに合格したら②をまかせる。

 

 ②にも合格したら、①までまかせる。その時、リーダーは一ランク上に昇進し、そのあとにその後輩が座る時である。

 

 まかせ上手は教え上手であり、育て上手ということになる。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑭継続は力なり、育てるコツはコツコツ -凡才が秀才に勝つ秘訣はこれ-

 

 「継続は力なり」というすばらしいことばがある。天才と秀才は違い、天才は鈍才の徹底したものだという考え方がある。天才は秀才が〝できない〟といって通り過ぎたあとに立ち止まり、秀才の掘った穴を、もっと深くコツコツと掘り下げると、世の中を驚かす大発見となるのだというのである。

 

 兔と亀の有名な寓話にあるように、いくら才能があっても怠ける秀才より、コツコツとたゆみなく精進を続ける鈍才、凡才の方が結局は勝つのである。

 

 一つの目標、テーマを決めて、毎日休みなく、コツコツと勉強を重ねれば、必ず一〇年たったらその道のプロになるといわれる。リーダーは、メンバーの一人一人に、その人にふさわしい目標をたてるように指導し、コツコツの継続の努力を励まし続ければ、メンバーはそれぞれの道のプロとなり、リーダーは大いに感謝されるに違いない。

 

 幸せは「仕合せ」であり、仕事を為しとげた悦びをいうという説もある。自分でもよくここまで登れたものだと感心し、心の底からの悦びを味わえる人はしあわせである。

 

 人生を登山にたとえる話が多いが、もっともなことだといえよう。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑬目標が定まり、一歩一歩の向上 -目標なくして生きがいなし-

 

 教育には目標が不可欠である。どこまでレベルアップするのかといった目標がないかぎり、教育計画の立てようがない。目標は人生にとっても、大切なものである。こうしたい、こうなりたいという目標があって、計画が生まれ、計画を達成した喜びが生きがいになる。だから目標なくして生きがいなし、目標あっての生きがいというのである。

 

 目標レベルと現在のレベルの差が、教育必要差といわれるものである。その差は大きなものであってもいっこうにかまわない。いっぺんに飛び上がれるわけはないので、階段か梯子を作り、一歩一歩踏みしめて登って行けばよいのである。

 

 その階段の高さがありすぎると登れない。学ぶ人の能力に応じて高さの調整をし、登りやすくし、一段上がるごとに、ほめ、励ますのがリーダーの仕事である。

 

 教育は自信をつけることだと述べたが、階段を一つ上がるごとに自信がつく。小さな勝利の積み重ねで人はプロに育っていくものだと、プロ野球の名監督も語っている。

 

 どんなに高い階段でも、休み休みでも、たゆみなく登っていけば、必ず目標に到達し、達成の喜び、生きがいが得られるのである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑫OJTの本命は示範・感化 -一言一行、一挙手一投足が教育-

 

 OJTの中のOJT、あるいはOJTの本命といわれるものは態度教育である。

 

 これは示範であり、感化である。教えている人が自覚していなくても教えているので、無意識教育ともいわれる。これはリーダーの一言一行、一挙手一投足がそのまま教育になっているということである。背中で教える、または全身で教えるOJTといわれるゆえんである。リーダーの無意識的な行動や思わぬ一言が、大きな影響をあたえるのでOJTの本命とされているのである。嘘のかくしだてができず、自然にその人の人格があらわれてくるのだから大変である。リーダーの不断の修業が肝心というわけである。

 

 この示範がつみ重なると職場の伝統になる。さらに大きくなれば社風である。家庭では家風、学校では校風というが、これらの風のような空気、雰囲気が自然に人を育て、独特の風格を作り出すのだからすばらしい。これは○○カラーなどともいう。

 

 同じような製品を作るメーカーでありながら、トヨタ、日産、ホンダは大いにカラーが違い、松下、日立、東芝、三菱もずいぶんカラーが違うのは面白いことである。そしてそのカラーに染まり独特の人柄が生まれてくる。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑪OJTによる個別指導が中心 -教育は本来リーダーがするもの-

 

 教育というと学校教育の座学を連想し、会社での教育は人事課がやるという誤解があるが、スタッフのやる教育は職場外教育(OffJT)といい、教育全体の一%程度の例外的なものである。大部分の九九%を占める教育はOJTと呼ばれる職場内教育または現場教育である。OJTはOn the Job Trainingの略で、オンは「・・・しながら」「・・・を通じて」という意味がある(OJEという場合もある。Eはエデュケーション・教育の頭文字)。

 

 このOJTの主役はもちろん上司、リーダーである。経営教育の大部分はリーダーが担当しているのである。OJTは大きく分けると次の三つになる。

 ①個別指導(マン・ツー・マン・コーチ)

 ②話合い指導(朝礼・会議・打合せ)

 ③態度教育(示範・感化)

 

 このうち、個別指導とは、個人差に応じて個性を伸ばす指導である。人間にはみな個性がある。個性こそ人間性である。手に手をとってコーチをして、個性を活かし伸ばすのだから、これほどありがたい指導はない。

 


 

第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑩人材にも必ず欠点はある -瑕瑾なきは人材にあらず-

 

 人材というと、完全無欠な存在のように思うのは誤りである。紙に裏表があるように、人間にも必ず長所があれば短所もある。

 

 実は短所(欠点)の分だけ、長所(美点)が目立ち、現われてくると思ったほうがいい。人間の器量は、ほとんど誰も同じであるが、凡人はそのまわりに凹凸が少なく、可もなく不可もない。ところが人材といわれるような人は、ある部分の才能が突出した分だけ、大きな凹部、すなわち欠点が生まれるのである。

 

 だから江戸時代の碩学、萩生徂徠は「人材に瑕瑾あり、瑕瑾なきは人材にあらず」といったのである。瑕瑾とはキズ、すなわち欠点のことである。したがって徂徠は、欠点など見る必要はない。欠点は文字通り欠けて無いものだから、虚であり、凹部の暗い影にすぎない。ないものをとやかくいっても始まらないので、抜きんでているもの、長所、光り輝く部分だけ大切に伸ばすようにすればよいのだと教えたのである。 

 

 昔から「側近に英雄なし」というように、大人物は大欠点の持ち主で、近くにいる者はそればかり見て悪口をいっているのである。遠くから見れば良い所ばかり見えるものだ。

 


 

第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑨素材を人材に育てるのがリーダー -成長を見守るよろこびは最高-

 

 だいたい中小企業では、はじめから人材といわれる人物が入社してくれるのは稀であろう。〝十で神童〟というような逸材は例外であり、たいていは未完成の素材で入ってくるものである。

 

 その素材を教育訓練によって磨き上げ、レベルアップしていくのが教育である。はじめは平凡に見えた人間が、教育によって隠れていたすぐれた素質の芽を出し、ぐんぐん伸びていくのを見るよろこびは格別なものである。

 

 園芸や盆栽で植物が育っていくのを見るよろこびは、こたえられないものだというが、人が育っていくのを見るのは最高である。リーダーに与えられた功徳といってもいい。

 

 教師というものは、教え子がどんなに偉くなっても、一生尊敬され、感謝されるものである。自分の未熟な部分を育てて下さった恩は、親に次ぐ大きさである。

 

 したがって、よく教え育てるリーダーもまた、メンバーがいくら偉くなっても一生感謝されるものである。

 

 人を育て、素材を人材に仕上げていく醍醐味をよく知るリーダーはすばらしい。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑧行為を叱って、人格を傷つけない -叱り方にも段階がある-

 

 叱るのもいろいろなやり方がある。

 

 まず、行為のあやまちにはきびしく叱ってもいいが、人格を傷つけてはいけない。「お前の親はどんな教育をしたんだ。親の顔が見てみたいね」などとは決していってはならない。親のしつけの悪さを非難するより、こちらの至らなさを反省するのが先である。

 

 ミスやルール違反の大部分は、リーダーの方に責任があると思うようでないと、人を育てることはむずかしい。部下の事故やケガは上司に責任がある。不注意だからそんなヘマをやるのだと思うようではリーダーは失格なのである。

 

 叱り方にも、いくつかの段階がある。はじめはやさしく「あんまり夜ふかしするんじゃないよ」と遅刻にもやんわりと叱る。示唆・忠告の段階である。二回目には「目覚し時計を持っているのか。金がなければ貸してやるからしっかり起きろ」ときつく注意する。

 

 〝仏の顔も三度〟で、三回目はコテンパンに叱る。何度いっても改まらないようなら、身体で、いわゆる骨身にしみるような体罰を加えるのも愛情である。昔からこれを「愛の鞭」といっている。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑦ベテランはほめながら叱る -成長させたいという願いが基本-

 

 〝ほめる〟の反対は〝叱る〟だが、実は叱ることとほめることは基本的には同じものである。ともに相手を成長させたいと願う親心から発しているものだからである。

 

 幼児は親にいくら叱られ、お尻を叩かれても「お母さん、お母さん」となついていく。これは幼な児も、憎いからでなく、可愛いから叱っているのだということを本能的に知っているからである。職場の場合でも、相手を育てたいと思うからこそ叱る。逆にいえば、真の愛情がなければ叱れないともいえるのである。

 

 だから、優秀な上司は叱る時も、ほめながら叱るものである。「お前のようなベテランが、そんなつまらないミスを犯して、どうするんだ、しっかりしろ」という具合に・・・。

 

 はじめの方でベテランと高く評価しているのだから、後半でどんなにボロクソに叱っても、相手は申しわけないと反省し、向上を誓うのである。

 

 反対に「お前はほんとうにダメな奴だなあ。入社した時からダメだと思っていたが、ひとつも進歩していないじゃないか」などと叱ると決定的なダメージになり、再起できなくなってしまう。愛情のない叱責は人をダメにしてしまうので要注意。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑥自信をつければひとりで伸びていく -プラス暗示の偉大な力-

 

 教育の基本としての自信づけは、別のいい方をすればプラス暗示である。 

 

 人間はことばを使って考える動物だけに、ことばによる暗示に強くかかりやすい性質を持っている。噂をすぐに信じ、煽動に弱く、すぐに騙されるという弱点がある。これらはマイナス暗示である。この反対がプラス暗示で、その人を力づけ、よろこばせることばは、心を明るくし、自信をつけ、そのよろこびでぐんと成長する。

 

 日本の古い諺に「やさしいことば一つで冬中暖かい」というすてきなことばがある。ほめことば、思いやりのことばが、暖炉よりも人を暖かくするとはすばらしいことではないだろうか。ほめことばや励ましのことばが、どんなに人を力づけ成長させるかは、自分の過去をふり返ってみれば誰でもわかるはずである。

 

 自分がそうなら、他人にも心してそうするように努めるのが人間のあり方であるように思う。ましてや、リーダー(上司)ともなれば四六時中、そう心がけることがつとめでなければなるまい。自分の何気ないことばがプラス暗示になっているかどうか、リーダーは常に反省してほしいものである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

⑤人間の潜在能力(脳力)は無限大 -一割も発揮してないもったいなさ-

 

 人間の、いま見えている能力というのは、ほんの一部分、一側面、氷山の一角に過ぎない。この頃は能力よりもアテ字で「脳力」というようになったが、人間の脳力は、死ぬまで使っても一割も使いきれないそうである。ノーベル賞級の大学者でも一四、五%使いこなせばやっとというから、一般人は七、八%というところであろうか。

 

 せっせと一生使ってもやっと一〇%ぐらいだから無限大、無尽蔵といって差支えない。今見えているのは、メンバーの能力のほんの一部であり、引き出せば、まだまだ限りなく能力は発揮できるのだと思えば、うれしくなり、たのもしくなる。

 

 その潜在能力を引き出す(エデゥケート)のが教育(エデゥケーション)である。知識の詰め込み=教育と思うのは狭い考え方である。能力を引き出すことなら、誰でもできるし、リーダーの場合、それが本業といってもいい。

 

 能力を引き出し、伸ばすことは、お互いに楽しいことだし、やりがいのあることである。教育の基本は、まずこの無限大の潜在能力、可能性があることを「自覚」し、やればいくらでも伸ばすことができると「自信」をつけることである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

④アラばかり見えるようでは落第 -まず良い所が見えれば大進歩-

 

 そんなわけで、リーダー(上司)になったら、メンバー(部下)を見た時に、まず良い所がパッと眼に入るようになれば大したものである。大進歩である。

 

 反対にアラばかり見えるようでは落第である。修業が足りない。

 

 親は世間的に見て出来の悪い子供でも、わが子とあれば、とても可愛く、良い所ばかり眼に入るものである。これが親心である。だから子供は親を慕い、一生恩を忘れず、親孝行するのである。親心とまでいかなくても、不思議な御縁を感謝するようになれば、どうしてこんな良い人ばかり集まったんだろうと思う心が生まれてくる。

 

 そうすればメンバー(部下)もリーダー(上司)に好意を持つようになり、しっくりした人間関係、チームワークが育ってくる。

 

 反対に、人事課はどうしてこんなカスばかり俺の所によこしたんだろうかとハラの中で思っていると、メンバー(部下)も同じように、なんでこんなひどいリーダー(上司)のところに回されたんだろう、いやだなあ、運が悪かったなあと心の中でボヤいているものである。これを「お互い様」という。要は心がけ次第ということである。

 

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

③長所を見出し、伸ばすのが教育 -士は己を知る者のために死す-

 

 科学技術は秒進分歩の恐ろしいスピードで発達するが、人間そのものの進歩はきわめてゆっくりしている。その証拠に二〇〇〇年以上も前の釈迦やキリストの教えが今なお役に立つのをみても、人間の本質は今も昔もそれほど変わりがないことがわかる。

 

 中国の古いことばに「士は己を知る者のために死す」という凄い金言がある。これは士(サムライ)は、自分を知ってくれる者のためには生命を投げ出しても闘うという意味である。「己を知る」とはその人の存在価値を認めることで、もっと具体的にいえば、長所・美点・可能性を認めることである。これを現代風にいい直すと「ビジネスマンは自分の存在価値を認めてくれるリーダー(上司)のためにやる気を出す」となろうか。

 

 つまり、リーダーシップとはメンバーの長所を見出し、伸ばし、育てることにほかならないのである。そうすれば、大いにやる気を出してチームワークは良くなり、業績はぐんぐん向上することになる。

 

 人間は誰でも、自分を認めてほしい、評価してほしいと切に願っている。これに応えればやる気を出し、どんどん成長するのだということをリーダーは肝に銘ずることである。

 

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

②人間関係は好意関係 -あばたもえくぼに見えること-

 

 人間関係はアメリカのホーソン実験から生まれたことばで、英語ではヒューマン・リレーションズ、略してHRという。

 

 シカゴのホーソン工場で八年にわたって調査した結果、職場の中には眼に見えない不思議な人のつながりがあることが明らかになった。これをHRと名づけたのである。

 

 HRは規則・規律で公式に作られた関係ではなく、感情で結ばれた非公式な関係である。人間関係は感情関係、もっと平たくいえば好意関係である。好意が生まれると、あばたもえくぼに見えると昔の人はいった。欠点まで美点に見えてくるというのである。

 

 良い人間関係とは、お互いに良い所だけを見出しあい、学びあう関係といっていい。それには、まず、リーダーや上司がそう思うことが大切である。

 

 よくまあ、こんな良い人ばかりが集まったものだ、有難いな、うれしいなと思うようになったらリーダーは大したものである。

 

 それは不思議な御縁を感謝する心である。日本には六〇〇万の事業所があるが、六〇〇万分の一の稀有な確率でめぐりあった有難い関係と思うことが何より大切なのである。

 


第三章 人を育てるリーダーシップ

 

 

①不思議な御縁を大切に -めったにないから有難い-

 

 リーダーはメンバーとの人間関係を何よりも大切にする必要がある。ところで、人間の「間」という時は「めぐりあわせ」という意味になる。つまり、仏教でいう「縁」がこれにあたる。人間関係は日本的表現では縁になるわけである。「袖すりあうも他生の縁」「縁は異なもの味なもの」などというが、メンバーとリーダー、部下と上司のめぐりあわせは「不思議な御縁」である。

 

 不思議は不可思議を縮めたもので、実は数の単位をあらわすことばである。不可思議とは10の64乗という途方もない大きな数字で、宇宙の直径が10の26乗メートルというからいかに物凄い大きな数字であるかがわかろう。

 

 この場合、不思議は「不可思議分の一」と考える。こんどは極めて小さな数になり、0に限りなく近くなる。0は無、無は有難いことである。だから不思議な御縁とは、めったにない(稀有)有難い御縁という意味になる。

 

 ほんとうに稀有な御縁に感謝し、よく一緒に働けるようになったものと思うのが人を育てる第一歩といいたい。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑮リーダーよ、大志を抱け! -仲間の輝ける星となろう-

 

 一度しかない貴重な人生を、最も価値あるものにするために、打ち込むべきもののレベルを上げていくことが大切だと述べた。リーダーはメンバーの期待を一身に負って、大きな志を抱いて精進し、仲間の輝ける星となってほしいものである。

 

 札幌農学校(今の北海道大学)のリーダーであったW・クラークは、帰国にあたって、学生達に「青年よ、大志を抱け」(Boys,be ambitionus.)という名言を残した。これが今なお青年たちを奮い起たせることばとなっている。リーダーはこの名言にあやかり、自分なりの大志を持つことが望まれる。その大志は人により違うだろうが、生きている間に、何か価値あるものを残していきたいと願う心が志である。

 

 どんなことでもいいからナンバーワンになろうというのも立派な志である。今のホンダが零細企業だった頃、本田宗一郎社長が「世界一のオートバイメーカーになろう」と呼びかけたら、思わず吹き出した社員がいたそうである。あまりにもかけ離れた志に笑ってしまったのである。しかし、その初一念が、ついにホンダを世界一のメーカーになしえたのだから、大志にはもの凄いパワーが秘められているのだ。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑭磨かれた個性のすてきな魅力 -打ち込んだもので光る人間性-

 

 つねに多くの人から学び取ろうとする謙虚さと個性は矛盾しない。目立たないように努力しても、個性は自然ににじみ出てくるものである。

 

 人間は個人差があって、個性があるからこそ人間らしいのである。個性こそ人間性である。個性は本能とは異なり、後天的につちかわれたものである。本能的なものは本性である。個性は英語でパーソナリティというが、その語源のペルソナは〝仮面〟という意味である。仮面というと何か本性をかくすように受け取られるが、化粧とか衣裳に類するものと考えるとわかりやすい。

 

 素肌の自然美も美しいが、これに工夫をこらした化粧や衣裳で、その人の美しさは、さらに引き立ち、個性的となる。精神的な個性は、その人がそれまでの人生で何に打ち込んだかによって独自の光を放つようになる。それが人相や表情や話ににじみ出てくる。 

 

 つまらぬ低次元のものに打ち込むと、卑しい個性となり、貧相、悪相となる。反対に高貴なものに日夜打ち込むと、すばらしい人相となり、何気なく話すひと言ひと言が珠玉のようになる。天職に打ち込んだ人は有名無名を問わず、すばらしい個性の光がある。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑬謙虚な学ぶ心が人をひきつける -自戒を忘れず、つねに努力する-

 

 自信がいきすぎると過信・自惚れになる。

 

 自分がまだまだ至らぬ人間であると自覚し、すこしぐらいの成功で自惚れることなく、さらに学ぶ心を失うことがなければ、人はいつまでも成長することができる。

 

 つまらぬ学歴をハナにかけ、家柄を自慢し、有名人と知り合っていることを吹聴するような人間はつまらない人間である。ひそかに軽蔑されていることがわからないようでは、まことにお粗末といわねばならない。〝自慢高慢馬鹿のうち〟と昔からいっている通りである。権力をカサに威張りちらすなどは最低である。リーダーとなったならば、ますます謙虚になり、人の知恵を借りるようになることをいっそう心がけたい。

 

 「稔るほど頭の下る稲穂かな」という歌があるように、人間的に充実しているほど、威張らず、謙虚で、つねに多くの人々から学ぼうと心がけているものである。

 

 その自戒の心と、学びの努力が人々を強くひきつけるのである。

 

 あとで述べるように、すぐれたリーダーは価値を生む現場をとても大切にし、現場から深く学ぼうと心がけているものである。その姿勢はまことに美しい。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑫信じる力の偉大なるパワー -自信・確信・信頼の威力-

 

 メンバーを信頼することは、メンバーから信頼されることである。人間の不思議なところは「信」にある。

 

 信ずる力の偉大さは、宗教を見ればよくわかる。一般の企業は四〇年続くのも容易ではない。長くても三〇〇年、四〇〇年で、一〇〇年以上続いている会社は数えるほどだ。ところが二五〇〇年前に生まれた仏教、二〇〇〇年前に生まれたキリスト教など、宗教は営々と一〇〇〇年をこえて繁栄し続けている。信仰の力の凄さである。

 

 これは個人の場合も同じである。自信を持ち、確信し、信念を持つと、人はすばらしいパワーを持つようになる。人が変わったようになる。「男子会わざること三日なれば、まさに括目して相まみえるべし」ということばもある。人は自信を持つと別人のように発言し、行動するようになる。自信をもったリーダーは強い。

 

 同じように、相互信頼するグループはきわめて強力である。一致団結して、困難な問題を解決し得たとき、グループのメンバーは自信をもち、さらに強力になる。

 

 教育の本質を一言で述べるならば「自信をつけること」である。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑪メンバーの支持が指導力の七〇% -代表能力がメンバーの支持を生む-

 

 リーダーシップは、生まれつきのものという説がある。しかし、それは間違ってはいないが正しくはない。リーダーシップを構成する要素とウエイトは、

 

 ①生まれつきの能力

 ②地位・権限から生まれる力

 ③メンバーの支持

 

とされている。このうち、①と②を合わせて約三〇%、残りの七〇%は③のメンバーの支持なのである。だからメンバーの支持を失った時、どんな英雄も、独裁者も、あっという間に没落し、失脚することは、多くの歴史上の実例が示しているところである。 

 

 メンバーの支持は、リーダーがメンバーの代表者として、グループ外のパワーに対して堂々と折衝し、グループにプラスとなるようにすることによって得られる。マイナスとなり、貧乏くじを引いてくるようだと支持を失うことになる。 

 

 支持が得られれば、指示はこころよく受け入れられる。指示力は支持力に正比例する。外に強ければ内にも強く、外に弱ければ内にも弱くなるのである。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑩何事も相談するパートナーシップ -協力者の知恵を借りよう-

 

 リーダーはメンバーと共にある。したがってリーダーシップはメンバーシップと表裏一体をなしている。メンバーシップは、リーダーシップを指導力とするならば、協力性、協力度ということになかろうか。

 

 メンバーはまたパートナーでもある。パートナーは協力者である。協力者であるならば、何かにつけて相談をもちかけ、知恵を借り、協議するのが礼儀であり、不可欠なことであろう。よほど緊急のことでない限り、相談をもちかけて知恵を借りる方が、ずっとうまくいくにきまっている。「人に聴くより良い知恵はない」のである。

 

 「三人寄れば文殊の知恵」で、みんなで協議するとお釈迦様の弟子の中の最高の知者だった文殊菩薩と同じか、それ以上のすばらしい知恵が出てくるというのだから、人の知恵を借りないのは愚かなことといわねばならぬ。聴き上手のリーダーは、楽しく、話しやすい雰囲気を作り、どんどん発言を誘導する。「それは面白い」「良いアイデアじゃないか」「もっと続きを話せよ」とタイミングよく合の手を入れると話ははずむ。

 

 話すほどに、聴くほどに、良い知恵が出てくるのだからこんな素敵なことはない。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑨人の話を聴くのが何より大好き -人間は口が一つで、耳は二つ-

 

 人間好きリーダーの特色の一つは、人の話を聞くのが何より大好きという点にある。なお、この場合「聞く」より「聴く」と書いた方がもっと適切であろう。

 

 人間は口が一つで耳は二つ、これは喋る倍だけ聴きなさいと神様がこのようにお作りになったのだと、ユダヤの教典タルムードに説いてある。すぐれたリーダーはこの教えのように、好んで人の話を聴く。人間好きとは人の話を聴くのが好きということである。

 

 人間の能力・脳力、可能性は無限大なのだから、人の知恵をいろいろ聴かせてもらうと、得るところはきわめて多い。人の話は何よりも面白い。人によって話は無限にあり、個性があり、いくら語りあっても尽きないほど話のタネはある。

 

 人間は自分の話をよく聴いてくれる人にはとても好意を持つものである。話し上手は聞き上手である。ほどよくうなずいては、話をもっと引き出すのが上手なのである。

 

 リーダーシップ(leadership)という英語の頭文字のLは、リッスン(listen)すなわち、傾聴するという意味だとアメリカでは教えているという。リーダーシップは傾聴に始まるというわけである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑧人間好き、人間の無限の力を信ずる -人間味ゆたかなリーダーの魅力-

 

 ヒューマン・スキルとは、人をうまく扱う技術といった次元の低いとらえ方をすべきものではない。何よりも人間好きであり、とりわけ人間の無限の力を信ずることである。

 

 人間を物としてとらえると、水が大部分で約七〇%、あと脂肪、蛋白質、カルシウム等で合計しても体重六〇㎏の人で材料原価は一六四〇円ぐらい。相撲取りぐらいに肥えていてようやく二〇〇〇円というところ。

 

 ところが、それらの素材が組み合わさって人間になると、六〇㎏の人で六〇兆の細胞があり、一つ一円としても六〇兆円になる。一つの細胞には百科事典数百冊分の情報をもつDNA(デオキシリボ核酸という遺伝子)があるからとても一円では作れない。

 

 大脳だけをとっても、一四〇億もの神経細胞をもつウルトラ・スーパー・バイオ・コンピュータなのだからその価値は絶大である。それを死ぬまでフル活用して一〇%も使い切れないそうだから、人間の能力(脳力)は無限大というのである。

 

 この力を信じ、それを引き出し、伸ばし、育てることに最高のよろこびを感じ、人間を知る喜びいっぱいのリーダーこそ、最も人間味ゆたかな魅力あるリーダーといえよう。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑦リーダーに求められる三つのスキル -特に大切なヒューマン・スキル-

 

 三で表現する方法として、もう一つリーダーには次の三つのスキルが大切という考え方もある。スキルとは、技術とも訳されるが、一般には熟練、老練の意味で用いられる。熟達した能力、磨き上げられ、鍛え上げられた能力である。三つのスキルとは次の通り。

 

 ①テクニカル・スキル(Technical Skill)

 ②ヒューマン・スキル(Human Skill)

 ③コンセプチュアル・スキル(Conceptual Skill)

 

 このうち、テクニカル・スキルとは、その人の専門の技術である。たとえば製造技術、販売技術などである。二つめのヒューマン・スキルとは人間をリードする技術で、この本で力説しているリーダーシップに相当する。

 

 もう一つのコンセプチュアル・スキルとはコンセプトにすぐれた技術という意味で、コンセプトは、概念、構想、着想、考案と訳される。したがって構想力ということになるが、一般には問題解決能力ととらえられている。

 

 このうち、とりわけヒューマン・スキルが最重視されるのはもちろんである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑥人材としてのリーダーの条件 -人手から人材へ、さらに人物へ-

 

 三意にちなんで、人材の三条件について参考までに言及しておきたい。

 

 かつては、人間を人足とか足軽と呼んで、足と考えた時代がある。その前には奴隷(非人間)ととらえた時代もある。それがやがて人手となり、手段と考えられるに至るが、今日では人材と呼ぶようになった。人材の材は材木や材料ではなく、人才の才が濁ってザイとなりアテ字にしたものである。才は才能、才覚である。頭を使って考える人という意味である。手足から頭脳への向上である。

 

 人材は英語ではマンパワー、あるいはハイタレントという。この人材の要件については政府の経済審議会人材開発部会で論議した結果、次の三つが不可欠の条件とされた。

 

 ①やる気(根性、闘志)、②リーダーシップ、③創造性である。私はこれに加えて、④二つ以上の専門をもつこと、⑤幅の広い知識、の五つを人材の条件と呼んできた。

 

 その後、人材を人財と呼ぶ人も出てきたが、私は昔からの最高の表現である「人物」をあげたい。しかし、人財も人物も、物のイメージが強すぎることから、やはり「人間」というのがいちばん良い表現であるという結論に至っている。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

⑤状況の先取りをするマネジメント -先手必勝・先手は万手の先見力-

 

 創意にちなんで、さらにリーダーのあり方を深めていくと、先手必勝となる。

 

  リーダーはおおむねマネジャーである。その地位の上・中・下にかかわらず、リーダーはマネジャーの役割を果たす存在である。

 

  マネジメントは経営とも管理とも訳されるが同じことである。管理を取り締る、人間の自由を拘束すると解釈するのは正しくなく、本当の意味は「状況の先取り」による計画的な仕事の進め方をいう。つまり、管理とは計画的に仕事をすることである。

 

 状況の先取りとは「先手必勝」「先手は万手」「先んずれば人を制する」ことである。

 

 したがって、リーダーはどのくらい先を見、先を読んで仕事をするかでランクが決まってくる。長期的に考え、戦略的に手を打つことのできる人物ほどレベルの高いリーダーであり、他人のやらないこと、やれないことを創造するから、時代をリードすることができる。これからのマネジメントは創造的でないと、リードできないということである。

 

 先を見るには、高い立場で見るに限る。先見力は高見力でもある。これからのリーダーは先見力をもち、つねに創造的に時代をリードすることが望まれるのである。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

④創意とはマンネリ打破の積極性 -つねに新鮮で、面白い工夫を-

 

 三意の三番目である創意は、創造性といってもいい。つねに何か工夫して新しいものを創り出そうという意欲である。

 

 その職場を訪れると、何か新しい工夫が見出せるという職場は活気がある。いつ行っても同じ、旧態依然というマンネリ化した職場は正気に乏しい。決められたことしかない、いわれたことしかやらないのを官僚的という。絞切型で融通のきかないお役所仕事は、他人に不快感を与えるだけでなく、そこで働いている人をもスポイルしてしまう。

 

 常に新鮮な空気を吹きこみ、沈滞ムードをなくしていくのはリーダーの大切な資源の一つである。進歩発展は向上心のあらわれである。

 

 マンネリは同じことをくりかえし、生気の衰えた状態である。

 

 世の中は、日進月歩ならぬ、秒進分歩で急進しているのだから、こちらも「変化には変化」でどんどん対応していかなければ、時代にとり残されてしまうばかりである。

 

 進取の気性を持ち、つねに前進・改善・創造の意欲を燃やしているリーダーでなければ、これからはやっていけないのである。保守安住は亡びの道である。

 

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

③誠意とは有言実行による信頼感 -小さな約束も忘れないで完遂-

 

 誠意の誠は「言を成す」という意味である。つまりいったことは必ず実行する、有言実束も忘れずに実行すると、とても信頼される。忘れるというのは相手を軽んずることになりかねない。小さな約束といっても、それはこちらのとらえ方であり、相手にとっては大きな、大切なことである場合が多いのである。

 

 リーダーが漠然といったことでも、メンバーは具体的にとらえ、その実行を待ち望んでいるものである。「そのうち一ぱい飲もうや」と特に期日を決めないでいったために、上司はすぐに忘れてしまうことが多い。ところが部下は、もうそろそろと心待ちしているのにいっこう音沙汰がないので、催促するわけにもいかず、やがてあの上司は口から出まかせの空約束、空手形ばかり出す人だと不信感を抱くようになる。

 

 小さい空約束も、何回か重なると不信は決定的なものになる。「誠意を示せ」と労組などが迫るのは、待遇改善を公約しているのなら、もっと金を出せということである。職場の場合には、みんなの意見を聞きたいといった以上、もっと意見を聞いてほしいのである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

②リーダーの熱意は人生観から生まれる -向上心に点火して燃える職場作り-

 

 熱意は燃える心、リーダーのやる気である。その熱意がメンバーの向上心という心のガソリン(人間の持つ根源的エネルギー)に点火し、燃える心、すなわちやる気をもり上げていくのである。その燃える心がひろがると「燃える職場」となり、たいへんなパワーとなり、大きな成果をあげるものである。

 

 どんな人間でも向上心という神性(または仏性)を持っている。具体的には、自主性・自発性・積極性・協調性・創造性といった重要な性質である。したがって、「心への点火は、魂の燃焼によらねばならぬ」といわれるのである。メンバーの心を一〇〇度で発火させ、燃え上がらせようと思ったら、リーダーの心は三〇〇度以上に高い熱意(やる気)が不可欠である。そのリーダーの熱意は、その人の人生観から発するものである。使命感、大志、決意、執念、信仰、理想、思想が熱意となって燃え上がるのである。

 

 第一章で述べた希望・夢・ビジョン・ロマンもこの人生観にあたる。一度しかない大切な人生を、ともにベストに生きようというリーダーの人生観がリーダーシップの根幹にあり、それが熱意となってあらわれるのである。

 


第二章 リーダーに望まれる資質・姿勢

 

 

①リーダーシップの古典的表現「三意」 -この三つに欠けると失格-

 

 リーダーに求められる資質や能力をあげていくと、たいへんな数になる。もちろん、それらを具有できたら申し分ないのだが、そのうち不可欠のものを三つあげよといわれたら、何をあげるのだろうか。

 

 昔の人は、まことに簡潔に「三意」だといっている。リーダーすなわち指導者に、この三つのうち一つでも欠けると失格だという。

 

 その三意とは、熱意・誠意・創意である。これは良い。わかりやすい。賛成である。

 

 日本人だけではないが、昔から三という数字は貴い数字で、いろいろなものを三つにまとめる習慣がある。三種の神器とか三宝とか、出羽三山といったりする。

 

 三意ならすぐに覚えられるし、すぐに実行に移すことができる。経営の極意は「あたりまえのことをあたりまえに、ただし徹底的に」やることだと教えられたのは、経営の神様といわれた故・松下幸之助である。

 

 リーダーも、このリーダーシップの極意である「三意」を徹底的に実践することによって、すばらしい成長をとげることができるといってよさそうである。

 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑲国際化時代の新しいリーダーシップ -異なる文化、国民性、宗教の理解-

 

 世界のトップをいく経済大国となった日本は、世界中に企業を進出させるだけでなく、外国人を積極的に日本国内の職場に迎え入れるようになってきた。

 

 これまでは、気心の知れた単一民族同士の、ことばが通じるどころか以心伝心でわかりあえた組織でのリーダーシップであったから思うままにやることができた。

 

 ところが、これからはことばが通じにくく、風俗、習慣、宗教、文化、国民性が大きく異なる民族をリードしなくてはならず、アメリカのように、一つの工場に二〇も三〇もの国から来た人々を使わねばならなくなるだろう。

 

 これは日本のリーダーにとっては大いに苦手とするところだが、世界のリーダーとなった日本人には避けることのできない関門である。これからは、他国、多民族の文化・宗教・民族性等を深く理解し、上手にリードできるリーダーが強く求められるようになる。

 

 ボーダーレス・エコノミーの時代、コンピュータとコミュニケーションの発達で、世界が一つになった現代においては、このような国際性豊かな、高次元のリーダーシップを学ぶことがきわめて大切である。リーダーの学習レベルの急速な高度化が急務である。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑱リーダーの給与は「生きがい給」 -仕事の報酬は仕事、お布施-

 

 日本のリーダーの報酬はきわめて少ない。

 

 課長や古手の職長クラスで新入社員の三倍もない。社長でさえも中小企業の場合、多くて一〇倍、平均で七倍という。昔は、いまの開発途上国なみに課長で一〇倍、社長で一〇〇倍あった。ちなみに現在アメリカのトップは五〇倍、社会主義国でも三〇倍あり、しかも数々の特権に恵まれている。

 

 金銭給だけで考えると、まことに不公平である。そこで、金銭給以外に目に見えない「生きがい給」ともいうべきものが別にあると考えないとソロバンに合わない。

 

 リーダーの仕事はやりがいがある。仕事の報酬は仕事というわけである。それが生きがい給で、金銭給は「お布施」と考えたい。 

 

 金銭給は、有形で、有限で、少ない上に他律的である。世間相場で大部分決まってしまう。金銭給をハード給とすれば、生きがい給はソフト給といえよう。無形で、無限で、自律的で、自分でいくらでも多くすることができる。小集団リーダーのように無報酬でも、すばらしい精神的報酬が得られるのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑰それぞれの場でのリーダーシップ -人間は多面的・多角的な存在-

 

 いつもは目立たない人が、ある特定の場になると突然リーダーシップを発揮して、他の人を驚かすことは珍しいことではない。「得手に帆を上げ」というが、他の分野では平凡に見える人が、その人得意の場面では、素晴らしいリーダーシップを発揮するのである。

 

 たとえば仕事の上ではダメ男が、慰安旅行ではなくてはならない雰囲気を盛り上げる宴会リーダーになったり、職場では平凡で目立たない人物がその人の所属する宗教団体ではたいへんなリーダーであったりする。人間はもともと多面的・多角的な存在であり、ある側面では信じられないほどのリーダーシップを発揮するのだから、その人の特色ある分野で、その人を活かすのが最も民主的なあり方といえよう。誰でも、すべての側面でリーダーであることは不可能なのだから・・・。

 

 職場においても、その人の最も適した面で役割リーダーとしてのリーダーシップを発揮してもらうことである。どこかで自分の存在価値を認められた時、人は自信を持ち、やる気を出し、大きく成長するものである。人々はそういう評価をしてくれるリーダーを切望しているのである。

 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑯労組リーダーは準公式リーダー -この人を動かす非公式リーダー-

 

 労組組合は、会社の方針で作られたものではなく、組織員が自主的に作ったものだが、そこで選ばれた委員長・書記長は、非公式リーダーではなく、公式リーダーである。しかし、会社などの組織から見ると、準公式リーダーというべきであろうか。

 

 それまでヒラだった人が委員長・書記長になると、労使協議の場では社長・専務と同格、対等になるのでいわゆる公式リーダー以上に権威のあるリーダーとなる。

 

 しかし、その労組にもまた非公式リーダー、隠然たる実力者がいて、労組の公式リーダーを裏から動かしていることは珍しいことではない。

 

 労組の大会で、人々の気持、利害関係、不安、動揺といった心の変化をしっかりと把握し、集会の流れを決定的に変えるような、ツボを押えた発言のできる人を、オピニオン・リーダーという。

 

 オピニオンすなわち意見で人々を支配することのできるリーダーである。これからの社会でも、このオピニオン・リーダーは役職、肩書なしに時代をリードすることができるであろう。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑮非公式リーダーをアシスタントに -グループ運営の上手なノウハウ-

 

 試験制度などで、公式リーダーが決まる場合でも、試験にはパスしなくても、実力があり、隠然とした支配力を持つ先輩格の非公式リーダーが存在するのは珍しいことではない。

 

 非公式リーダーだった人が登用試験にも合格し、公式リーダーになってくれれば、陰陽のリーダーが一致することになり申し分がないのだが、そうならないことが多い。

 

 だから新任の公式リーダーは、誰でも知っている非公式リーダーを立て、何かにつけて相談を持ちかけ、アドバイスを求め、協力者、サブリーダー格になってもらう必要がある。そうすると、人々も安心し、協力してくれるので、とてもうまくいくものである。

 

 大きな職場では、この非公式リーダーが複数になることもある。

 

 とくに女性の職場では、グループがたくさんにわかれ、非公式リーダーも多く生まれることがあるから、そのグループや非公式リーダー同士の対立抗争などが起きないように、バランスのとれたコーチをすることが望まれる。

 

 非公式グループ同士が対立した時は、非公式リーダーを呼んで説得し、仲直りするように努力する。

 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑭インフォーマル・リーダーの存在 -ホーソン実験で確認される-

 

 職制を公式リーダーとすれば、小集団リーダーは半公式リーダーといえよう。これに対して自然に生まれるリーダーをインフォーマル(非公式)・リーダーという。

 

 これは常識的には誰でも知っていることだが、二〇世紀の初め頃に、アメリカのハーバード大学の心理学の教授E・メイヨー博士らによるホーソン実験で確認されたものである。ホーソン実験とは、シカゴ郊外にあるGE社のホーソン工場で八年にわたった歴史的な実験で、ここで生まれたマネジメントの新しい形が人間関係管理と呼ばれるものである。

 ホーソン実験の結果を簡単に述べると-

 ①人間はある集団に入ると、正式の組織のほかに、感情(好意)で結ばれた非公式の組織を自然に作るようになる。いわゆる気の合った同士で作る仲良しグループである。

 ②その非公式グループには、必ず全員の暗黙の支持による非公式リーダー(いわゆるボス)が生まれる。非行少年グループの番長もその一つである。

 ③またその非公式グループには暗黙のルール(掟)が生まれる。この非公式ルールは、就業規則などの公式ルールよりも拘束力が強い場合が多い。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑬小集団活動で全員リーダーの時代へ -役割リーダー交替のシステム-

 

 かつてはリーダーといえば、部長、課長、係長、班長といった「長」の肩書きのつく、いわゆる職制のことをさしていた。しかし、今日ではQCサークル、ZDサークル、JK(自主管理)活動などの小集団活動の時代に入り、全員が交替でリーダーになる。〝全員リーダー時代〟となった。これが従来とは大きく異なるところである。

 

 小集団活動は正確にいえば「小集団による自主管理活動」である。上司の指令によるものを「他主」管理とすれば、グループのメンバーが自主的にどんどん仕事を進めていくのを自主管理と呼ぶ。だいたい五人から一〇人ぐらいの小さなグループを作り、互選でリーダーを選ぶ。任命され、辞令をもらってなる職制とはここが違う。 

 

 小集団活動では、グループリーダーのほかに、役割リーダーを決め、全員が何らかの役割を分担する。サブ・リーダー、記録リーダー、発表リーダーといった具合である。

 

 だから、新人でもすぐ何らかのリーダーになる。この場合、新人が先輩に「命令」することはありえない。ここでは命令・服従の代わりに、依頼・協力となる。ここがきわめて新しい点である。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑫説得にも、いろいろな型がある -ほんものの説得は心理的説得-

 

 説得といっても、本物とまがいものとがある。そのタイプをいくつかあげてみると次のようになる。

 ①威嚇的説得-いわゆるおどしである

 ②利益的説得-餌で釣ろうとする

 ③感情的説得-いわゆる泣き落しである

 ④論理的説得-理屈で追い詰める

 以上は説得とはいいながら、ほんものとはいいがたいものである。 

 

 本当の説得は、⑤心理的説得と呼ばれるもので、次のような三つのステップを踏む。

 (ア)まず、相手のいい分を十分に聞く。

 (イ)その上で、こちらからやってもらいたいことを順々に話す。

 (ウ)しかし、(イ)は八分目で終え、あとは本人の自主性に訴える。

 

 つまり、本人の自尊心を尊重して自己判断の余地を与えるから納得し、自発的な行動が生まれてくるのである。 

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑪説得に次ぐ説得で、納得してもらう -自主性発揮はここから生まれる-

 

 現代のリーダーシップの大きな狙いは、自主性・自発性の促進にある。これには何としても、受身ではなく、積極的な納得ずくの行動でなければならない。

 

 もし、説得してもらえなければどうしたらよいだろうか。これについて、あるすぐれたリーダーは「説得に次ぐ説得あるのみ」といった。いわゆる「押してもダメなら引いてみな」であり、大手がダメなら搦手でいく、東京がダメなら名古屋があるさといった具合で、あの手この手、秘術をつくして説得するのである。

 

 このリーダーの熱意が、メンバーあるいはパートナーを動かし、変えていく。

 

 このあと述べていくように、これからの組織には、各人の最大限の自主性を重視したダイナミックさが必要で、命令されたことだけをやるというやり方では、時代の要請に応えられなくなるだろう。

 

 そのために、自主性・自発性をきわめて重視して、説得に力を注ぐのである。

 

 本当に納得した時、自主的・自発的な工夫をこらした積極的な行動が生まれてくるし、命令による服従より、はるかに質の高い成果も生まれてくるのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑩現代のリーダーは「説得業」 -ことばで人を動かす実力者-

 

 統率力時代の昔のリーダーと、指導力時代の今のリーダーとの違いを、別の面から考察してみよう。

 

 統率力のイメージは、上司ー部下、命令ー服従、和を以て貴しと為すといった感じになる。それに対し、リーダーシップ(指導力)では、リーダーとメンバー、説得と納得、チームワークとなる。

 

 リーダーとメンバーは役割に上下はあっても、人間としては対等・平等である。だからメンバーはパートナーでもある。パートナーとは協力者のことである。

 

 だから、協力者には命令ではなく説得になるわけで、これがリーダーは説得業といわれるゆえんである。命令と説得とは内容的には同じで、やってもらいたいことを表明している。しかし、命令には服従しかなく、違反すれば処罰の対象になる。ところが説得の場合は、納得しなければ、やらないでいい自由がある。ここがきわめて肝心な急所である。

 

 自主性・自発性を尊重しているから、どうしても納得してもらわなければならない。ここに現代のリーダーに説得力がきわめて強く求められている最大の理由がある。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑨今の現場リーダーは心服一筋 -それだけにレベルは非常に高い-

 

 昔のリーダーに比べると、今の現場リーダーは人事権は大幅に縮小され、採用はもとより、労組があり、自分も労組員である以上、解雇などできるわけがない。

 

 人事考課はやっても、給料の決定権はないし、収入も、新人の二倍から三倍というように、ぐっと少なくなってしまった。だから、飲ませるとか、小遣いを与えることなどはきわめて困難になっている。また、部下もそれは期待していない。

 

 そうなると、今は、昔風にいうと心服一本槍、心服一筋となっているのである。それだけに今日のリーダーのあり方はむずかしくなっており、高度化しているのである。

 

 権力でおどかし、札ビラで頬を叩いて、人にいうことをきかせるのはやさしい。それに人情がらみともなれば最強である。ところが今日のリーダーは、権力も金もなく心服オンリーだから、昔とは比較にならぬむずかしさとなっている。現代の心服は、心理的に人を動かすことである。具体的には命令でなく、説得によるリードである。

 

 だから、現代のリーダーは人間を学び、心理を学び、説得を学ぶ必要があり、さまざまなリーダーシップの本やセミナーが求められるようになったのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑧昔の現場リーダーは小経営者 -三服の権威で強力にリード-

 

 昔の現場リーダーは、今と違って部下に与えるものをたくさん持っていた。現場のリーダーは親方といわれ、零細企業の経営者なみの力と権限を持っていた。

 

 人間の採用も教育も、給料の決定も、解雇さえもできた。「いやなら、やめろ」の一言でクビにできたのである。労組もなかったし、就職難で失業者はたくさんいたからである。

 

 昔の親方は「三服」の権威があった。三服とは威服・利服・心服である。服は服従という意味である。

 

 威服とは、権威であり権限である。そのうち最強のものは人事権、いわゆる生殺与奪の権である。どんな組織でも、人事権を持つ者がいちばん強いに決まっている。

 

 利服とは、お金の力である。給料を決めるだけでなく、職長クラスで新人の一〇倍の収入があったから、しょっちゅう一杯飲ませ、小遣いを与えることができた。

 

 心服とは、心をつかむこと、とりわけ人情で心をつかむことである。部下思いである。 

 

 昔のリーダーは、このように三拍子揃っていたから、大へんな権威があったものである。それだけに部下指導もやりやすかったといえよう。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑦人間形成こそ最高のプレゼント -リーダーの与えうる希望とは-

 

 先にリーダーは希望を指し示すことが大切だと述べたが、では、リーダーの与えうる希望とは何であろうか。抽象論でなく、具体的にといわれると、はてなと考えこんでしまうリーダーが少なくないと思われる。

 

 とくに中間的なリーダーの場合には、メンバーである部下に対して高給や昇進昇格を約束することはむずかしい。そこまでの人事権、裁量権は与えられていないから、一生懸命努力すれば給料も地位も上がるものだとはいえても、いつ、どのくらいと約束するわけにはいかない。また、メンバー(部下)もそんなことを求めたり、期待してはいない。実情がよくわかっているのだから・・・。そうすると、リーダーがメンバーに与えうる希望は、金や物や地位ではなく、金では買えないものであることがわかってくる。 

 

 それは人づくり、人間形成、別のいい方をすれば不断の教育訓練である。これこそはリーダーの意志と努力によって、いくらでも与えることのできる最高のプレゼントといえよう。その点で、これからのリーダーは、何よりもすぐれたエデュケーター(教育者)であることが望まれてくるのである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑥人の心を深くつかむのが最高 -リーダーシップはこれが基本-

 

 需要とは結局、人の心であり、需要の変化とは、心のうつろいにほかならない。

 

 したがってリーダーシップとは、つきつめて考えるなら、人間の心をどれだけ深くつかむことができたかで決まってくるといえる。

 

 人の心は複雑で、深遠で、まことにとらえがたい。しかし、お互いに人間である以上、まったく不可知ということはありえないと思うべきである。

 

 あとの章でくわしく述べることにするが、人間をわかるところまで深く理解しようとする努力が、すぐれたリーダーを生み出す。

 

 われわれの住んでいる世界、この社会は、すべて人間にかかわっているのだから、人間について深く知る者が最高のリーダーシップを発揮できるのは当然のことである。

 

 人間が求め、人間が考え、人間が作り、人間が運び、人間が売り、人間が買い、人間が使うー このように、初めから終わりまで人間がかかわっている以上、誰よりも人間を深くつかんだ者が、時代のリーダーとなりうるのである。その意味で、リーダーシップの研究は「総合人間学」といっていい。人間ほど興味深い研究テーマはないのではなかろうか。


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

⑤時代の流れは、需要の変化 -「変化には変化」のリーダーシップ-

 

 時代の流れとは、別のいい方をすれば「需要の変化」ということになる。

 

 人間が存在するかぎり、需要はなくならない。しかし、需要は時代とともにどんどん変化する。「諸行無常」「万物流転」といわれるように、昔から世の中は変化するのが当然とされてきたが、最近の変化は、激変というべき大きなもので、まさに「大変」である。

 

 その変化が加速度を増し、昔は十年一昔といっていたのが、五年一昔から三年一昔となり、ついに一年一昔といわれるようになった。そうなると昔の一〇倍のスピードで変化することになるのだから、その変化への対応の仕方も、大きく変えなければならない。

 

 世の中の需要がどのように変化しようと、こちらが「変化には変化」で即応すれば、十分に時流のエネルギーを活用することができる。この変化には変化で対応するのがリーダーシップである。後者の変化とは、具体的には次の二つとなる。

 ①状況の先取り・・・先手必勝。

 ②柔軟な対応・・・(やや受身)。ポイントは頭(考え方)を柔らかくし、組織を動態化・活性化することである。


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

④時代の流れの方向を見極める -そしてその力を活用する-

 

 リーダーの指し示す方向には、もう一つの側面がある。それは、時代の流れの方向を正しく見極めることである。時流についての先見力といってもいい。

 

 時流は、英語ではメガ・トレンドという。大きな時代の傾向・潮流である。

 

 時代の流れの力はきわめて強いものである。これに逆らうのは愚かなことであり、一心に舟を漕いでも、結局力尽きて流されてしまうのがオチである。

 

 それよりも、水力発電のように、時流の力を利用・活用し、そのエネルギーを自分のものにする方がずっと賢明である。

 

 もっともすぐれたリーダーは、自ら時流を作り出す。時代の心を的確につかんだキャッチ・フレーズ、合言葉、スローガンを作り、人々の心の流れを変えることのできるリーダーは、時代を変えることさえできるものである。

 

 一世を風靡した偉大なリーダーも、時流の変化を見誤ると、かつての破竹の勢いもどんどん衰え、敗れ去ってしまうものである。ナポレオンもヒトラーもそうであった。その時流を正しくつかむ眼を曇らせるものは、慢心、自惚れであり、自己の力への過信である。


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

③指導とは共に希望を語りあうこと -希望なきところに努力なし-

 

 さて、リーダーがこちらの方向へ行こうと指さした時、その指さす彼方に良いことがなければ、誰もついてこないであろう。アメリカの経営訓に「他人に協力してもらおうと思ったら、協力すれば、どんな良いことがあるか教えなさい」とある。指さす彼方が地獄か断崖絶壁というのでは、みんな尻ごみするばかりである。だから、リーダーは希望・夢・ビジョン・ロマンを示すことが大切である。

 

 「指導とは、ともに希望を語りあうことなり」という名言がある。その反対は「希望なきところ努力なし」「夢なきところ民亡ぶ」である。

 

 リーダーは常に明るい希望、壮大な夢を持ち、つねにビジョンを語り、ロマンを語る人であってほしい。リーダーはネアカで、楽天的で、人間については性善説であり、人間の可能性は無限大であると信じている人でありたい。

 

 困難な障壁があったとしても、それを打破し、乗り越えていれば、すばらしい未来が開けているのだと、確信をもって語りかけるならば、メンバーは希望をもち、勇気を出してリーダーについてくるものである。リーダーの人生観ですべてが決まるともいえる。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

②方針を明示するのが指導力 -方針の針は磁石の針を意味する-

 

 指導力は、進み行くべき方向を明確に、明快に示す力である。

 

 だが、企業経営では、あまり方向ということばは使わない。ほとんどが「方針」ということばを用いている。意味は同じである。

 

 方針の針は磁石の針を意味している。磁石は正しい方向を指し示す人類の最重要発明品の一つである。普通磁石の針は北を指しているが、その反対側は南を指している。だから指南ということばも、指導と同じ意味に用いられているわけである。

 

 世の中が混迷したり、問題が紛糾したりして、みんなが困ったり、迷っている時、こちらの方向へ進め、俺についてこいと自信をもっていえる人こそリーダー、指導者である。

 

 だから、リーダーは、方向を正しく示すことのできる人でなければならない。どんなに人間的に尊敬できる良い人であっても、また専門技術はベテラン、エキスパートであっても、正しい方針を示すことができなければ、リーダーには不適任ということになる。

 

 いま時代は大きく変わりつつあり、すぐれたリーダーの出現が切望されている。それは既成概念ではとらえられない社会において、向かうべき方向を示すリーダーである。

 


第一章 リーダーシップとは何か

 

 

①リーダーシップは指導力 -古いことばでは統率力-

 

 はじめに、リーダーシップとは何かを考えてみよう。まずことばの分析から始める。

 

 人間は考える動物であり、ことばによって考えているから、ことばの定義を明らかにすることが、物事をはっきり理解する第一歩となる。

 

 リーダーシップ(leadership)は英語だが、テレビ、ステレオと同じように、日本語にとりこまれており、いちいち説明しなくても誰でも知っていることばである。しかし、正確に知っているかと問われると、うまく説明できないのではないだろうか。

 

 そこで、やさしく解説してみよう。昭和二〇年より前は、アメリカと戦争していて、〝鬼畜米英〟などといっていたから、リーダーシップなどという英語は禁止されていた。だから、リーダーシップに相当することばは、軍隊などでは、いかめしく統率力といった。しかし、そのことを知る人は今では年輩の人たちだけになった。だから、リーダーシップを日本語に訳すとなると、指導力といった方がわかりやすい。

 

 リーダーは指導者である。指導力とは読んで字のごとく、指さして導く力、すなわち方向を指し示し、みんなで進んでいこうと働きかける力である。